見出し画像

北海道紀行 弐日目 知床ウトロ編

二日目は知床五湖を周ったあと知床岬までのクルーズ船に参加した。


知床五湖

知床五湖には3つのルートがある。一つ目は高架になっている道を歩くルートだ。無料で通ることができ、高架の周りには電気柵が張り巡らされておりヒグマと遭遇する危険もない最もお手軽なコースと言えるだろう。

画像1

二つ目と三つ目は条件付きのコースとなる。ヒグマの活動期には有料のガイドを付けての参加となり、私が行った植生保護期には有料のレクチャーに参加しなければならない。高架道と違いヒグマに出くわす危険があるからだろう。知床五湖のうち二つほどを周る小ループとすべてを周る大ループの二つに分かれている。バスの時間との兼ね合いで小ループに参加することにした。ちなみにこの二つのコースも途中から先に紹介した高架道と合流する。


レクチャーは10分ほどだった。最悪ヒグマと出くわすことも承知で小ループを歩くことにしたのだがレクチャーではジョーズのようなおどろおどろしい音楽と共にヒグマと会わないための注意点、ヒグマに出会ってしまった時の対処方法を説明された。帰りたくなった。

お互い気づかないうちにばったり出くわしてしまうのが最悪のパターンだ。ヒグマも驚いて攻撃してきてしまう。そうならないために熊鈴や掛け声などでこちらの場所を知らせヒグマの方に避けてもらう。見通しが悪くなったら立ち止まり音を出してヒグマがいるかいないか確認してから慎重に進む。自分の意図が伝わっているのか確認しながら進んでいく。伝わっていなさそうなら立ち止まってもう一度伝える。なまじ言葉が通じるせいで伝わっていると勘違いしがちな人間同士のかかわり方にも、この人とヒグマとのかかわり方に学ぶべきところも多いように感じた。

画像2

知床五湖は世界自然遺産に含まれているため、植生の保護のために決められた木の道から踏み外さないように歩いていく。レクチャーではヒグマと出会ってもあわてて逃げたりしないように指示を受ける。正直無理だと思った。出会ってしまったらレクチャーのことなんて忘れて一目散に逃げるか固まって動けなるかの二択だろう。出会ってしまったら多分死ぬから出会わないように、と熊鈴をぶんぶん揺らして進んでいく。

画像3

画像4

他の観光客の方々はヒグマと出くわしたところで死にはしないと思っているのだろう。それが普通の感覚なのだ。しかし周りの人より群を抜いて小心者の私はこの絶景を、半分命を懸けて見に来ているのである。木々の葉のこすれる音を楽しむ余裕などなく、緊張でよく働いている自分の心臓の音しか聞こえない。ヒグマがいないか気になって木漏れ日を楽しむ余裕などないのだ。そんな緊張感の中たどり着いた絶景に感動はひとしおだ。これはこのあと旅の中でもう500回ほど湧き出る感想なのだが、この時確かにこの絶景を見るために私は生まれてきたのだと、そう思った。

とはいえ絶景なんてどれほど目に焼き付けたところですぐに忘れてしまう。これを書いている今だって思い出せるのは情景ではなくその時湧き出た感想だけだ。それでも、あのうっそうとした森の中、これで死ぬのかもしれないと走馬灯のようにこれまでの自分の人生を振り返りながら熊鈴をぶん回していたあの緊張はきっと忘れないのだろう。私は案外ちゃんと自分を探せているのかもしれないと思った。

画像5

ヒグマと出くわさないまま、命のやり取りを独り相撲で終えると高架に合流した。やはり命の心配をせず見る絶景は格別だ。高架を歩く20分ほどは、心行くまで絶景を堪能することが出来た。私のような小心者なら知床五湖はこの高架をおすすめする。


クルーズ船

知床五湖からウトロ市街地へ戻り、午後からは知床岬までのクルーズ船に参加した。知床半島の先半分ほどは世界自然遺産に登録されており一般人は行き来が出来ない。そのため海から小型のクルーズ船で1時間半ほどかけて岬まで行く計3時間のツアーがあるのだ。途中ルシャと呼ばれる地域ではヒグマを高確率で見ることが出来るとのことだった。

画像6

前日に崖の上からみたフレぺの滝も海から見るとまた違った顔を見せる。崖の途中からホロホロと流れ落ちる水はまさに別名の乙女の涙の名にふさわしい様子だった。

画像7

下半分がえぐれているようになっているのは冬に来る流氷の影響だ。毎年到来する流氷によって長い時間をかけて削られこのような形になったのだそう。

画像8

カメラマンの腕が絶望的なので豆粒サイズのヒグマしか撮れなかったがお判りいただけるだろうか。画面中央より少し左の黒い物体が遡上してくるサケを待つヒグマだ。テレビ番組で知床のヒグマ特集などが組まれるときは大概この川付近の様子が使われるらしい。

ヒグマはもともと群れを作る生き物ではない。ふつうは他のヒグマと出くわす機会はないそうだ。しかしここ知床は世界でも有数のヒグマの密度の高五地域なのだそう。この日も体の大きい雄と比較的小柄な雌が出会ってしまい雌が追い払われていた。このような光景が見られるのは世界でもここ知床くらいだそう。

画像9

こちらはたまにテレビで特集が組まれる、ヒグマを叱る漁師の方が使っている番屋だ。ヒグマを叱って退けている様子を一度テレビでお見かけしたが、自分には全く信じられなかった。人間でさえ言葉が通じない人、自分には理解できないルールで突拍子もない行動をする人がいるのに、どうしてそこまでヒグマを信用できるのだろうか。あのおっさん、大きい声出すけどちょっと一回殴ってみよう、みたいなマインドのヒグマがいたらどうするのだろうか。

このほかにもいくつか番屋があった。中にはもう使われていないものもある。知床が世界自然遺産になり、取り壊したくても重機を持ち込むことが出来ないために朽ちていくのをただ待っているのだ。完成するのも壊されるのもあっという間の現代で、こんなにゆっくり朽ちていくことを許される建物はここの他にはないのではないだろうか。


ゲストハウスにて

クルーズ船から降りてゲストハウスへと帰る。夕食はゲストハウス、ボンズホームさんがやっている一階のレストランのグラタンだ。2階3階がゲストハウスになっており、レストランのメニューも注文すると好きな時間に届けてくれる。じゃがいもとは思えないような甘さの栗じゃがいもを使ったグラタンは、底抜けに甘く優しい味がした。

ゲストハウス二日目は他のお客が2組に増えていた。静岡からバイクで来ているというシェフの男性とご高齢の男性と女性。3人ともこんな小娘を優しく輪の中に迎えてくださった。インスタを交換し今までの旅の話をする。この時lineを交換したご高齢の男性とはこの後旅の途中でもちょくちょく連絡をしてくださることとなった。せっかく自分を探しに来たのだ。他人の生き方の中にもヒントがあるかもしれない、と積極的に声をかけて正解だと思った。窓口の人と会話したくないからポストに投函して済むもの以外は郵送したくないほどの重度の人見知りの私にしては上出来なくらい、このゲストハウスではたくさんの話を聞けたと思う。


三日目はこの旅のメインディッシュの一つ(?)ホエールウォッチングのために羅臼へ移動する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?