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夢を叶えたはずの、僕が人生で一番辛かった半年間の話

始めは楽しみで仕方なかった

こんにちは、シノ です。

今日は、僕が人生で一番辛かった時期っていつ?と聞かれると

世間的には不思議に思われると思いますが、

僕は間違いなく

子供の頃からの夢を叶えた瞬間からの約半年間だったと思います。


別の記事でも書いていますが、僕の子供の頃の夢は


調理師になることで、


実際に高校を卒業と同時に飲食の世界へ足を踏み入れました。


当時は、やっと夢が叶った!

という、ワクワク感でいっぱいで仕事をするのが楽しみで仕方ありませんでしたし


今でこそ、ネットビジネスを始め半年〜一年もあれば脱サラできる見込みで活動をしていますが。


当時の僕から見たら、飲食をやめるなんてことを考えるどころか、選択肢にすらありませんでしたし。



簡単に言えば、当時は、ずっと飲食の仕事を続けていくつもりでした。

いつかは、自分の店を持ちたいなぁ、とも子供の頃から思っていました。


あの頃は、とりあえず初めての店で最低でも三年間はお世話になって、

そのあとは、1件か2件か店を転職しながら、調理の腕とお金を貯めて

自分の将来の店を建てる時の資金にしようという考えでした。


自分で言うのも、なんですが

いかにも平凡で、当たり障りのない、夢というか流れだと思います。


失礼な言い方になるかもしれませんが

調理師を志す人は、当時の僕のように考えて、行動する人は多いです。


話が逸れましたが


高校を卒業と同時に

僕が就職したのは、地元から遠く離れた地域の

中華料理店でした。


遠い地域の店を選択した理由は簡単で


一人暮らしをしたかったからです。


当時の僕は18歳で思春期真っ只中でしたし、

家族とは仲は良かった方だと思うけど

それでも、

どうしても、煩わしく感じてしまうような時期でした。


そういう理由もあり、僕は初めての一人暮らしと初就職を開始したのです。


夢を叶えて、得た地獄

という事で、高校を卒業して、初めての就職です。

先ほども書いた通り、

当時の僕は、やっと夢が叶った。


ここから、僕の夢を叶えていく日々が始めるんだ!


とか、今思えば、随分と厨二っぽい言い回しで物事を考えていたなぁ

と、のたうち回りたくなりますが。。。

それはさておき、


夢を叶えたことにより、始まったのは、正直言って

地獄のような日々でした。


今の職場を含め、

給料が遅れたり、無駄な仕事が多かったり、長時間労働やサービス残業が当たり前だったり

他人の無茶振りや尻拭いに翻弄されたり、理不尽にキレられたりと

このように

僕はこれまでにろくな職場に着いた経験はありませんが


それを全て引っ括めても、あの頃の半年間に比べれば、幾分かましだと感じます。


あの頃の僕は、人生で紛れもなく一番、心身ともにズタボロになっている時期で、

苦しいし、逃げ出したいけど、どうすることもできない状態で日に日に追い詰められている日々を送っていました。

(正確には、自分の意思でそうしていたわけなのですが、)


具体的に何があったかというと、

パワハラに悩まされる日々を送っていました。


毎日毎日、殴られ蹴られ、罵倒される日々を送り続けていました。

中華鍋のお玉で殴られることもありましたし(←というか調理器具を人を殴ることに使うな)

殴られるのにも慣れきて、ある日を境に避けられるようになり、躱すと、

「避けるな!!ムカつくだろ!!!」と言われ、避けるのを禁止された上で

更に殴られる

時には、仕事の関係のない事でも八つ当たりをされることもありましたし、

土下座をしろと言われ、したら

頭を踏まれ、胸ぐらを掴まれ、叩きつきられたこともあります。


もちろん、調理の世界は厳しいと覚悟を決めて始めたことでしたし、それを理解している上で、始めたことでした。

それも、ある意味、自分でも自身を追い詰めてしまった原因の1つだったのかもしれません。

でも、ある日、

お前サンドバッグみたいだな。

と笑いながら言われた時には、ここで我慢してて意味はあるのだろうか?と本気で思う時もありました。


しかし周りの意見も、こういう世界だからと、いう意見が多く、

僕自身も、元々そういうもんだ、という認識だったため、


納得はしていないし、厳しい世界とはいえこれが、当たり前ってどうかしているんじゃないか?

と疑問には思ってはいましたが。


それでも無理やり、


これが普通だ。

今を頑張れば、いつか絶対報われる。


と自分に言い聞かせて、我慢を続けていました。


それでも、僕の心と体は日に日に限界を迎えていきました。


「使えねーな」


これは当時の僕が一番言われていた言葉です。

あの頃の僕は、

自信を持てたことは一度もなかったですし、

毎日、辛くて、辛くて


毎朝、起きるのが憂鬱でしたし、

仕事もいつしか、成長するためや仕事をするためではなく、いかにして怒られないようにするかを、基準に仕事をするようになりました。

家に帰っても、決して休まることはなく

次の日の仕事のことを考えると、疲れているはずなのに眠れなくなりました。


本当に全くもって、余裕がなかったです。


そして、ある日を境にストレスは限界を迎え


何もしていないのに、自然と鼻血が蛇口を捻ったように止まらなくなったり


これは、自分でも中々やばいと思うのですが

急に自然と涙が溢れ出てきて、止まらなくなる時が頻繁に起こるようになりました。


今でこそ考えられませんが

当時の僕は、こんな状態にも関わらず、

弱音や愚痴を吐き出すことは一度もなかったです。


だからこそ、自分でも、自分を余計に

追い詰める形になっていったんだと思います。


とある電話に命を救われた


そんな日々を過ごしている、ある日


実家の妹から、電話がかかってきました。


電話の内容は、

実家の整理をしていたらしく

「お兄ちゃんの〇〇捨ててもいい?」というような内容だったと思います。

(はっきりとは覚えていません)


当時の僕は、自分で言うのもなんですが

常に意識朦朧としていると言うか

ぼんやりとした、精神状態であったため

何を話したかは覚えていませんが


やはり、心のどこかでは限界を迎えていたんだと思います。


その後、いちど電話を切り、


明日も仕事か、、、、


辛いな。。。


逃げ出したいな。。。


でも、頑張らないと。。。


といつも通り思いながら、寝ようと布団に入ると


次は母から電話がかかってきました。


妹が何を話したかは、わかりませんが、


母に僕がやばそうな状態みたいだと言うことを伝えてくれたらしく


母と話していて初めは


大丈夫だから。。。

心配しないで。。。

もう少し頑張れると思う。。。


と当たり障りのないことを、話していたと思いますが。


途中から、やはり心のどこかでは、限界を迎えていたようで

気が付いた時には、



今まで、無理して耐え忍んで、溜め込んできた、感情が決壊したダムのように溢れ出てきて

情けない話、泣きながら一気に全てを吐き出しました。


子供の頃を含めても、人生であれほど、感情を吐き出したのも、我慢をしていたのも、泣いてしまったのも

あれ以来ありませんし、この先もあることはないと思います。


今思えばそれほど、追い詰められていたのだと

自分でも、ドン引きするレベルですし。


もともと、忍耐力はある方だったと思いますが

当時の出来事のおかげで更に鍛えられることができたと思います。



話を戻しますが、全てを吐き出した後、


母から

「いいから、帰っておいで」と言われ、


僕は実家に帰る決意をします。


次の日には

当時の社長に、


辞めさせてくださいと言わなければいけないと言う不安や緊張と


半年間溜め込んだ感情を全て吐き出したことにより

胸のつかえが取れた感覚が入り混ざった状態でしたが


もう無理しなくていいと言う、気持ちの方が強く、

その日はよく眠れたことを覚えています。


次の日も、朝から出勤をして、夜中まで仕事でしたが


どこのタイミングで切り出そうかと、悩みながら


いつも通り、罵倒されながら、殴られながら仕事を続けていましたが

これも、もう耐える必要がなくなると思うと、


正直、何も感じなくなりましたし、怒鳴られているのに心は穏やかな状態を保っていました。


ここで

話が少しそれますが


よく、愚痴や悪口を言うのはダメだと言う風潮がありますが、


僕は、正直な気持ちで言うと、それらは別に悪いことではないよな


と思ってします。


理由は簡単で、何も吐き出さすに我慢を続けてしまうと、

どうしても、限界を迎えて、遅かれ早かれパンクをしてしまいます。

もちろん、愚痴や悪口を言うことを推奨しているわけではありませんし

言うだけ言って、何もしないのは論外ですし

その状態で、

自分からは何も行動を起こさない・何も変えようとしない人は正直嫌いですし

どうかとも思います。


しかしながら我慢を積み重ねてしまうといつか限界を迎え

うつ病になったり、自殺をしてしまう人さえいますので

我慢をする必要はないと思っています。


それに自分の経験上からも言えますが、

我慢は別に美徳ではないと思っています。


あるのは結果だけなので、言いたいことは愚痴でも悪口でもいいから

吐き出してしまえばいいと思っています。

ただし、ただ吐き出すだけになってしまうと

それに慣れていってしまい。


次第に自分を正当化し始めて、ある日を境にこんな人生を送っていいてもいいのかと思うようになるかもしれません。

(僕がそうでした)

だからこそ、愚痴や弱音を吐いてもいいけど、自分の人生を変える努力はやめない方がいいと思っています。


僕の場合はそれがビジネスを始めることでした。


詳しくは自己紹介記事(プロフィール)を読んでもられると嬉しいです。


辞める前の最後の関門


話を戻しますが

前日に母と電話を終えて、次の日になり

社長に、辞めさせてくださいと言うタイミングを見計らっていましたが


なかなか、勇気が出ないのと、二人になるタイミングが掴めずに、

その日は内心困りながら、仕事を進めていました。


朝が過ぎ、昼が過ぎ、夜になり


このままいたら、今日が終わってしまうと少し焦り始めていた時でした。


ちょうど、社長が休憩に入り、僕もその数分後に同じ部屋で休憩になりました(このお店は順番に休憩に入るタイプの形態)


そこで、今が絶好のチャンスだと思い。


「辞めさせてください」と伝えました。


その時は、また、怒鳴られたり、殴られたりしないだろうかと

内心、少し怯えてはいましたが

結果は、あっさりと了承され


僕は、当初、伝えてから

3ヶ月後くらいに退職つもりで言ったつもりだったのですが

以外にも、社長の方から約1ヶ月後くらいには退職をさせてもらえる

手筈となり、少し拍子抜けでしたが


僕的には一刻も早く、脱出をしたかったので

お言葉に甘えさせていただく事になり


そこから、約1ヶ月後

無事、初めて就職した

中華料理店を退職し実家に帰る事になりました。



仲の良かった人たちとの別れ

余談ですが、

当時の僕にも、仲の良かった人たちはいます、


厳しかったけど、本当は優しいかなりぽっちゃりとした、僕にとって師匠的な先輩

ちょっと、ぼんやりとしているけど、奥さんの事とONE PEACE が大好きな副料理長

いつも、優しくしてくれた、パートのおばちゃん

など、


お世話になった人たちもいますし


もう、絶対にあの頃には戻りたくはありませんが


いい経験だったとは、胸を張って言えると思いますし


ここを辞めた事により、次の職場や今の職場でも

不満はたくさんあるけど

友人ができたり、楽しいこともありましたし



何よりも

今こうして、ネットでビジネスを開始することもなかっただろうし


もっと言えば、こうして、ブログにこんなことを書くなんて事は人生で絶対なかったと思います。


だから、無理やりポジティブに捉えるとすれば

あの経験は、無駄じゃなかったと思いますし、いい経験だったとも思いますし。


少なからず、僕は不満だらけの人生を何が何でも

変えようと思い、ビジネスを開始したと言う経緯があるので


この職場にいたのは大分前ですが

振り返れば、今こうしてビジネスを始めるきっかけとなってくれた

一番初めのきっかけだったのかもしれないと考えると


辛かったけど


ある意味、最高の経験値だったのかな?


と今更ながらに思います笑


といわけで、僕の人生で一番辛かった時期の話はおしまいです。


次はそのうち、その後の話でも書いていこうかなと思っていますので

続きが気になる方は、ぜひチェックしてみてくださいね!


それでは、今回はここまで


ではでは〜


1200円で販売中の電子書籍が期間限定で無料で読めます


僕は今、ビジネスを自動化して脱サラと月収100万円を目指して活動中です。
その後は、年収億も目指してみようかな?とも考えています。


と、今でこそ、このように割と活動的な僕ですが、
子供の頃はコミュ障で、友達も少なく、勉強もできない、運動もできないまるで絵に描いたような劣等生でした。

そんな僕にも子供の頃から夢があり、調理師を目指して、実際になれたものの、


現実は、毎日毎日、サービス残業・長時間労働・他人の無茶振りや尻拭いに翻弄される毎日に心底うんざりしていました。


僕のやりたかったことは本当にこれだったのだろうか?と疑問に思うようにもなり


「明日死んで後悔する人生を送っていないだろうか?」


「使いきれないくらいお金があったとして、今の仕事を続けたいと思うだろうか?」


答えは「NO」でした。


そんな時、人生を変えるきっかけとなったひとつのブログと出会います。
これなら、僕にもできるかもしれない…!

知識・人脈は0、資金もほぼ0円でしたが


それでも、人生をこのままで諦めたくなくて、


ビジネスを本質から学んで始めると、そこから一気に人生は逆転できると確信を得ることができました、


今では半年から1年もあれば脱サラするくらいの収益は発生する見込みでいますし、1年ちょっともあれば月収100万円も達成できると思っています。
(ここまでの戦略はすでに立てているので、あとは作業するだけ)


実際にすでに成功している人も


いじめやうつ病、借金まみれ、高卒、パワハラやセクハラに悩まされるている人など、マイナスな状態からスタートして、月収100万円は当たり前のように突破している人ばかりです。


特に、今の日本は、
お金の為や生活の為に、やり甲斐もなく嫌々、仕事をしている人ばかりです。

そんな人生って、もったいないですし、

世間的には、甘い考えに、映るかもしれませんが
無理して働いたところで得られるメリットはそこまで多くない賃金のみで、

本当の意味で成長できることも少ない

それって、働くメリットってよほどやりたいことがない限りないんじゃね?と思っています。


僕は、一度きりの人生をこれ以上無駄に、したくなかったし
これ以上、サービス残業や長時間労働。誰かに振り回され続ける人生から
何が何でも抜け出したくて、勇気を振り絞り、ビジネスを開始しました。


その結果、短期間で人生は、本当に大きく変わり始めたのです!


とはいえ、ここで興味を持ってくださったとしても、イメージはつかないですし、具体的に何をやってきたの?と思う人がほとんどだと思いますので


僕がどのようにして、短期間で人生を変えていったのかをまとめた、電子書籍を出版させて頂きました。


書籍は、基本的に物語で書いているので、すでに読んでくださった人からは
「読みやすく面白かったです!」など嬉しい感想を頂く事もあります。


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後悔しない人生を手に入れる為に、僕が選んだ自由への挑戦の物語です。
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あだ名シノ北海道生まれ現在飲食店勤務、将来の夢であった。調理師になれたはいいが自分がやりたい事は本当にこれなのか?と疑問を抱だき、自由への挑戦を開始。詳しくは自己紹介記事(プロフィール)を読んでくれると嬉しいです。