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私は就職ができない04_8年ぶりの採用面接の件

【前回までのあらすじ】
2歳の幼子を持つ42歳のフリーランサーは収入源に悩む中で就職を考えていたが勤労意欲がわかずにもだえ苦しみながら適当な求人に応募して書類審査をパスしていた

8年ぶりの面接は、しかし前日に大きな難題にぶつかっていた。あるいは、人によってはここで選考を辞退するか、さもなくば命を絶っていただろう。しかし、私は持ち前の勇敢さでこの難事業を乗り越えた。

問題は、服装だった。Web面接では何を着れば良いのか私にはわからなかった。コロナ禍後の採用面接ではさまざまな形式に変更が加わり、当世風の面接スタイルがあるのだろうと思っていた。服装だって、普段着でも構わないのでは無いか。あるいは、上はジャケット、下はフルチンでも別段構わないのでは無いか。

私は服装について、エージェントに問い合わせた。何を着ればいいのか。もちろんその行間には、フルチンやハーフパンツ、スウェットパンツでも良いのかというようなメタメッセージを忍び込ませた。先方さんがそれを感じ取ったかはわからないが、スーツが良かろうという面白みのない返信が来て少しく安堵し、同時に失望もした。

何も変わっていない……。コロナだろうがなんだろうが、採用面接はフォーマルな場であるらしい。Web面接でもそれは変わらない。良かったのはスーツやシャツの汚れや皺については特段に気を使わなくても良いという点だ。Web面接では細かいところまでは見られないだろう。髪の毛の乱れも、髭のそり残しも指摘されまい。鼻毛だって奔放なままで良いはずだ。

面談は朝の10時からだった。私は早くも朝の8時にスーツを着込んだ。久しぶりにスーツを着ることに緊張し、また少し興奮していた。会社員みたいだ。身が引き締まり、働いている感がわいてくる。

意気揚々にスーツを着ようとして、私は絶望した。ズボンが入らなかった。予測された事態ではあった。8年ぶりに着るのだ。着れるほうがおかしいでは無いか。これが対面の面談ならば焦っていただろうが、結局のところWeb形式なのだ。私はズボンをはくにははいたが、ホックは留めなかった。留められなかった。しかしそれでいいのだ。どうせ見えやしない。

面談が始まった。相手さんもスーツに身を包んでいると思ったが、案に相違して奴さんらはビジネスカジュアルだった。面接官は2名だった。2人ともどう見ても20代のヤングガール&ボーイだった。画面に映る私だけ、40代のくたびれたスーツのおじさんだった採用されても入社するつもりがないとはいえ、真面目に面接を受けなくてはならない。しかし、どうみても私は不似合いだ。

ベンチャー企業という。2人は若く優しそうなZ世代だった。面接は求職者を圧する場だと思っていた。しかし彼等は違った。決して私を傷つけず、わかりづらい質問については意図を明確にして私に投げかけた。私は途中で若者に対して好意を抱いた。彼等彼女らは優しい。私は何をしているのだろう。

面接は1時間で終了した。次のステップは筆記試験のようなものらしい。面談後に、エージェントに辞退の意思を伝えた。

何をしているのか自分でもよくわからなかったが、面接の経験値は積めた。経験値を積んで何になるのかわからなかった。次にどの企業に応募すべきかもわからない。ぶちまけた話、そもそも会社員になるべきなのかもわからない。フリーランスでは早晩喰っていけなくなるのは明白だ。しかし会社に入っても、どうせすぐやめる。私は迷走している。途方にくれている。糞がしたいし、眠い。そして糞がしたい。いっそのこと糞をしようと思って、やめた。そして糞をした。


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