こんな近くにテーマパーク

変に潔癖で人見知りなわたしは、銭湯が大の苦手でした。
大勢の知らない人の前ですっぽんぽんになるのも、石鹸でぬるぬるしたタイルを裸足で歩くのも、ぜんぶきらい。

そんなわたしが銭湯好きになったのは、つい最近のこと。
家の給湯器が壊れて、やむなく近所の銭湯に1家揃って頼ったことがきっかけでした。
10年以上裸の付き合いをしてこなかった母と同じお湯に浸かったことで、照れくささのブロックが完全に取れたのだと思います。

それと、今までそんなに疲れるような毎日を送ってこなかったから、温泉に浸かっても良さが分からなかったのかも。
最近は社会人1年生、頑張ってますからね。

そんなこんなで、すっかり銭湯に魅了されてしまったわたしは、すぐに温泉大好きサウナ大好きな彼に｢スーパー銭湯に連れて行って欲しい！｣と懇願しました。
彼は｢今まであんなに温泉嫌いだったのに、一体なにがあったの？｣とでも言うように目を丸くしていましたが、｢俺は、銭湯ならいつでも行く気になれるんだ｣とすぐにハンドルを切ってくれました。

そしてやってきたのは、人生初のスーパー銭湯。
建物自体は大きいけど、外壁はとても綺麗とは言えないし、ネオンカラーに光る看板は、なんだか昭和を感じさせます。

入口横にはいくつかガチャガチャが置いてあり、1歩足を踏み入れると、古い会社の事務所のような空間が広がっていました。少し暗めの蛍光灯に白い壁。真ん中にエスカレーターがあるだけの、小さな部屋でした。
私は、慣れた様子の彼に続いてエスカレーターに乗り、横を流れていくポスターをなんとなく眺めます。


この時点で私は、とくにがっかりしていた訳ではありません。
この前家族で行った銭湯も、そこそこ大きかったけど古いところだったし、なんなら｢銭湯｣なんて響きがもう古さを感じるし。
とくに期待も失望もなくぼーっと乗っていたエスカレーターに、終わりが見えてきます。

そこに広がった風景に、私は目を丸くしました。

1階の静けさが嘘のように、2階は多くの人で賑わっていました。
しかも、天井がすごーく高くて、奥行もどこまでもあるかのような、広い空間。
そして下駄箱の向こうには、なぜか改札が3つ並んでいました。皆、何かのチケットを通して、改札をすり抜けていきます。


ーーー改札？なんで改札？銭湯なのに？
その時点でわたしは、もうわくわくが止まりません。


改札を抜けた先には、水色やピンク色にキラキラ光る綺麗なゲームセンターから、愉快な音楽が聞こえてきます。その向かいには、ショッピングモールでよく見る無重力マッサージチェアがいくつか並んでいました。
ーーーこんな古い建物のなかに、テーマパークが入ってたなんて…。

唖然とする私をよそに、彼は慣れた手つきで靴を仕舞い、発券機でチケットを買っていました。
｢はい、これ｣
そう言って私に券を手渡すと、彼はさっと改札を通っていきました。私も真似して、手に取った券を改札に通します。ぴこん、という音と同時に改札が青色に光り、ゲートが開きました。
おぉ……。
これじゃまるで、改札機を初めて見たこどものよう。

改札を通り、煌びやかなゲームセンターを通り過ぎると、その奥には畳の広がる食堂が見えました。
そこも大勢の人でにぎわっていて、茶碗がぶつかる高い音、何かをぐつぐつ煮込む音、たくさんの笑い声…様々な音で溢れていました。
ーー ーおぉ…千と千尋みたい。湯屋だ、湯屋。

色んな景色に気を取られながらキョロキョロ歩いていると、いつの間にか大浴場の前に着いていました。
｢じゃあ、ここで。先に出てきたら、あそこにいてね｣
彼はそう言って奥の休憩スペースを指さし、男湯ののれんの中に消えていきました。

わたしも赤いのれんをくぐり、いよいよ大浴場に足を踏み入れます。
お風呂場にはずらーっと横にならんだ洗い場と、たくさんの温泉がありました。
露天風呂、電流マッサージ風呂、水風呂。
なかにはダイエット風呂なんてのもあって、1人2回までという看板が建てられていたり。まるでアトラクションです。

中でも私が好きだったのは、炭酸風呂。
炭酸のしゅわしゅわがからだにくっついて、集まるとふかふかになるのが面白い。揚げられているエビフライの気分になれます。温度も丁度よくぬるくて、ぼーっと炭酸のあわを眺めているだけで、30分も40分もそこに浸かっていられました。
あー、私はえびふらい。しゅわしゅわ、ふかふか…。
明日の仕事のことなんて、今は忘れてしまいましょう。

自動ドアが開き、夜風がびゅうと髪を撫でました。
少しひんやりとした夜の空気が、ほかほかの体には程よい涼しさに感じます。早いことで、もうすぐ11月。夜の空気を吸い込むと、うっすらと冬の香りがしました。
「また来ようね」
ご近所のテーマパーク。
少し前を歩く彼にそう言って、私は助手席に乗り込みました。