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グランドツアーが終わります #2 トップギアを支えた誇りと願いと憂い

ジェレミー・クラークソンら3人時代のトップギア (Top Gear) は、思えば不謹慎の塊のような番組でした。移民を犯罪者呼ばわりし、ゲイを当て擦り、他国の自然環境を破壊して、インドやアルゼンチンでは国際問題まで起こしました。極悪番組と言ってもいいでしょう。
グランドツアー (The Grand Tour) は違います。アメリカの超メガ企業のコンプライアンス規定を受けて、それら不謹慎な部分がごっそり削られています。日本で言えばPTAに推奨されるような優良番組になったわけです(それでもまだ時折批判されることはあるようです)。
ではグランドツアーのほうが優れた番組なのでしょうか? 答えは否です。

自動車を運転する心の '悲しみ'

3人の馬鹿なプレゼンターが馬鹿なことをする番組と思われることの多かったトップギアですが、この番組の本質というか番組を支える根幹はそこではなかったと考えます。根幹にあったのは英国の自動車産業の誇りとその復活への願い、そして環境問題や資源問題に取り巻かれた自動車産業の行く末、です(自動車産業の '未来' というポジティブな言葉ではありません)。
殊にクラークソンとジェームズ・メイは科学技術史や産業史の中の自動車という視点で考える人ですから、彼ら2人の対話、あるいは彼らの独白部分こそが番組の根幹を形成していたというのが私見です。リチャード・ハモンドには悪いですが(バーミンガムに生まれ育って英国の自動車産業の誇りについては考えているはずのハモンドが、未だに産業史の視点を持てないのは残念な感じもします)。
美しい映像があります。トップギアS13の最終回に、クラークソンがアストンマーティンV12ヴァンテージを試乗した映像です。

クラークソンは静かに語ります。環境問題、経済問題、中東情勢、スピードを嫌う風潮。このような車はすぐに歴史書に委ねられてしまう。車を運転するということは終わっていくのか--。
それは "Powerrrrr!!!!!" と大声で喚くいつもの馬鹿なクラークソンではありません。静かにアストンマーティンの素晴らしさを語り、静かに自動車を愛する者としての心の悲しみを語ります。そして "Good night" と静かに言って走り去っていきます。いつもの賑やかなテーマソングではなく、静かなブライアン・イーノの音楽が流れる中、エンドロールが被されていきます。そうやってS13は終わりました。
トッブギア トップ41 (Top Gear: Top 41) は2013年に放送されたスペシャル番組で、過去の企画の中から上位41位までをを選ぶものでした。このアストンマーティンの試乗映像は、高額予算企画に混じって9位にランクされました。単なる試乗映像がです。制作側にとってもオーディエンスにとっても、これ 'も' ではありません、これ 'が' トップギアだったのです。
(この項つづく)

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