見出し画像

かつては女生徒

 よる、カレー屋を見つけたときの気持ちは、面白い。かくれんぼのとき、押入れの真暗い中に、じっと、しゃがんで隠れているでこちゃんを、突然、がらっと襖をあけ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言い、まぶしさ、それから、予期できない高揚感、あの感じ、いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとたまらない。胸がどきどきして、スマホを取り出して看板を撮ったりして、ちょっと、てれくさく、入り口扉を開け、一歩を踏み出す。

 夜は悪戯。

 いけない、いけない。今日は、夕飯作らなければ。そうだ。マッシュルウム入り欧風ビイフカレーにしよう。これは、私の考案したものでございまして。市販のカレールーを使って作ります。牛肉(ブロック)400グラム、大きいマッシュルウム3個か4個、小さいものなら10個、にんじん1本は、とにかく食べやすい大きさに。たまねぎ2個は、みじん切りに。鍋を熱してバタア大さじ1、牛肉、マッシュルウム、にんじんを入れて、強火で炒めることにしよう。表面に焦げ目がつくくらいまで炒めると、きっとおいしい。料理は、すべて、勘で行かなければいけない。鍋から取り出しておきます。鍋にたまねぎ、にんにくをすりおろしたもの小さじ1.5、しょうが小さじ1を、今度は焦がさないように弱火でじっくり、全体があめ色になるまで。鍋に水300ml、赤ワイン250ml、トマトピューレ200ml、ブイヨンの素、炒めた具。それから、私の自慢のブーケガルニ。と言いたいが、作れないので、市販品。エスビー食品株式会社から袋入りが発売されている。170円也。こいつを加え、弱火から中火で1時間ほど煮込みます。煮込んでいる間に表面に浮いたアクや油をすくって捨て、煮込みが終わったら火を止めて、ブーケガルニを取り出し、捨てる。次に、カレールー5人分を溶かして10分から15分ほど弱火で煮込みます。最後にガラムマサラ小さじ2杯を加えてよく混ぜ合わせて完成。手数は要らず、経済だし、何だか、たいへん贅沢な御馳走のように見えるのだ。夕日に照り輝く湖面にあめ色のたまねぎ、その傍に、真っ白のマッシュルウムがちらと顔を出していて、紅く輝くにんじんは、ルビーかガーネットか。こんなお皿が食卓に出されると、お客様はゆくりなく、イギリスの歴史に思いを馳せる。まさか、それほどでもないけれど、どうせ私は、おいしい御馳走なんて作れないのだから、せめて、材料とカレールーだけでもこだわって、お客様を幻惑させて、ごまかしてしまうのだ。料理は、見かけが第一である。たいてい、それで、ごまかせます。けれども、このカレーには、少々注意が必要だ。欧風カレーについて、こないだネットでしらべてみたら、欧風カレーはヨーロッパには存在しない日本発祥のカレー、と定義されていたので、笑っちゃった。名答である。「欧風カレー」に、先人や憧憬なんてあってたまるものか。純粋の文化は、いつも無意味で、無道徳だ。きまっている。だから、私は、カレーが好きだ。


(追記)

 ご紹介したレシピは、インターネットサイト「カレー雑学大百科」様から拝借いたしました。敬意を持ってご紹介いたします。なお、カレールーを入れる前にブイヨンで煮込むことで、より深みのある味になりますが、カレールーにも出汁は含まれており、ブイヨンを入れすぎるとしつこい味になってしまうので気をつけましょう。水の代わりに牛乳を使うとコクがでます。とのことです。

 また、ヨーロッパにカレーのような食べ物が存在しないわけではありません。世界で初めてカレー粉を製品化したのは、正確なことは分からないもののイギリスのC&B社だと言われています。

※『SECOND CURRY LIFE』vol.1(2016.9)に寄稿し、一部改稿した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?