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『伊勢物語』の「ゆくほたる」と「暮れがたき夏」

時は六月(みなづき)のつごもり、いと暑きころほひに、宵は遊びをりて、夜ふけて、やや涼しき風吹きけり。蛍たかく飛びあがる。この男、見ふせりて、

ゆくほたる雲の上までいぬべくは秋風吹くと雁につげこせ

暮れがたき夏のひぐらしながむればそのこととなくものぞ悲しき

(ゆくほたる くものうえまで いぬべくは あきかぜふくと かりにつげこせ)

(くれがたき なつのひぐらし ながむれば そのこととなく ものぞかなしき)

 この方が亡くなった6月の末は、やはりその夏も暑い頃でした。日が暮れて暗くなっていく時分は音楽を鳴らして過ごしました。夜が深くなりました。少し涼しい風が吹き、蛍が高く舞い上がりました。この男は横になってその様子を眺めていました。

飛んでゆく蛍よ、雲の上までいくのかしら。
あの人に伝えて。もう秋になってしまうと。
蛍よ、あの人のもとへ行く雁にそう伝えて。
戻っておいで、と。

夏の日は長く、きりのない考えごとをしていていっこうに夜が来ないことも、うつうつとしてつらい。

六月(みなづき)…六月と言っても、旧暦の六月、今とは1ヶ月半ぐらい遅れるから、今で言うと八月ぐらいですね。真夏!「みなづき=水無月」です。八月は雨がなかなか降りません。
雁…渡り鳥。


ひとりの女がひっそりと亡くなった後に、その方が自分を深く愛していたことを知った男の歌。

死を悼む歌。

出典 伊勢物語

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