ちょっとだけご褒美

　ピンポーン。
　無機質な音が来客を告げて、涙目で覗いたドアアイ。小さな窓の外、抱き締めてほしい黒髪が揺れた。

　開いたドアからひょこっと顔を出して、私を見つめて。
　「百合ゆり、焼きそば食べよ」
　ニカっと笑う彼ー健斗けんとーを見て、涙がボロボロと溢あふれる。「大丈夫、大丈夫」って私の頭を撫でる健斗けんと。ゆっくりと安堵が胸の奥底に着地して、やっと言えた。
　「なんで…焼きそば？」

　キッチンに立って、健斗けんとは焼きそばを作り始めた。
　キャベツを千切りにしていく。トントントンって音が心地よくて、スウェットを濡らす粒は落ち着いた。
　「人参も入れよう、ビタミン、ビタミン」
　またトントントン。
　「今日はいつもより豚バラ多めね」
　トントントン。
　「さあ、みなさん〜百合ゆりの元気のもとになる準備はオッケーですか〜？」
　「健斗けんと、なにそれ〜」
　つられて語尾が伸びて、笑みが溢こぼれる。……知ってるよ、わざとなこと。私を、ちょっとでも不安や心配から救うために笑顔をプレゼントしてくれてること。さらっと、お礼なんて要りませんよって、そんな風にするんだもん。今度は大好きが溢あふれる。
　テキパキと。麺を炒めて、豚バラも炒めて…気づけばいい匂いが部屋いっぱいに広がる。
　ぐーーーーっ。
　今日は何も食べれてなかったからだ、恥ずかしい…。
　「俺、めちゃくちゃお腹すいたんだよね。百合ゆりも？お揃いじゃん。嬉しいなぁ」
　最近、私は。誰も転ばないような小石で、躓く。それにすぐ気づいて先回りして、そっと退かしてくれるのはいつだって、健斗けんとで。かなわないよなぁって思って、また大好きが溢あふれた。

　「もうできた？」
　そう聞いてみたら、ふふって笑って健斗けんとは…。
　「今日は〜ちょっとだけ〜ご褒美を〜」
　と、歌うだけ。

　「さ、食べよう」
　そう言って、健斗けんとが作ってくれたのは、半熟の目玉焼きの乗った焼きそば。
　「いただきます…」
　そう言って、一口。
　「おいしい…」
　止まっていた涙が零れ落ちる。私のために、私なんかのために。健斗けんとが作ってくれたのが嬉しくて。……誰かの作った料理を食べるとき、誰かの優しさに触れるようで。じんわりと心があたたくなる。

　「………ねぇ、百合ゆり知ってる？焼きそばって、色んな種類があるんだよ。群馬県ではさ、じゃがいも入れたり、秋田ではホルモン入れたりするんだってよ。面白いよねぇ」
　急に焼きそばの話をし出した健斗けんと。なんでそんな話をするんだろう…。

　「今日は〜ちょっとだけ〜ご褒美を」
　「…え？」
　「百合ゆりがいっぱい頑張ってるの、俺は知ってるよ。だから、ご褒美の半熟目玉焼き」
　健斗けんとは微笑わらって言う。
　「百合ゆりらしくでいいんだよ。“私なんか”とか、“できなかった”とか。そうやって責めちゃう日があっても。大丈夫。百合ゆりには、俺がいるから。俺が百合ゆりの頑張ったこと、できたこと。百合ゆりに教えてあげるから。…ふふ、ご褒美もこうやってあげちゃう。次は何にしようね。百合ゆりと縁がある群馬県のやつにしよっか」
　気づけば、健斗けんとの腕のなかで。小さい子のように泣いていた。
　「大丈夫、百合ゆりはひとりじゃないよ。俺がいるよ」
　健斗けんとは私を優しく抱きしめ続けてくれる。

　「……それに、百合ゆりが抱えた想いと同じ想いを持つ人に出会ったとき、百合ゆりはその人の想いにちゃんと寄り添うことができるんだろうなぁ。いいなぁ、素敵だなぁ…」
　健斗けんとは、トントンって私の背中を叩きながらまた歌う。
　「なるようになるのさ〜ケセラセラ〜」

引用　Mrs. GREEN APPLE「ケセラセラ」

あとがき
　大切な大学時代のお友だちへのプレゼント。お友だちと彼氏さんを想像して書いてみたけど、もちろん。私の想いだって隠れています。いろんな想いを知ったからこそ、わかることもできることもあるって私は信じています。だから、ご褒美を自分にあげながら、私たちらしく歩いていけたらいいね。
　読んでくださったみなさんにまたお会いできますよう。これからも紡ぎ続けていきます。