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『建築をめぐる三人家族の物語』

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これまで、「家の構造」や「間取り」がいかに人間の精神や行動に、そして家族の暮らしに影響を与えるかを、著書をはじめ様々な機会を通してメッセージを送ってきました。  しかし、これか…
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2019年11月の記事一覧

建築をめぐる三人家族の物語

建築をめぐる三人家族の物語

第24話(最終話) 再生
 咲子がいつもの時間に起きた時は、武夫はすでに出勤した後だった。テーブルの上には、昨夜の小児科学会のコピーと、眠れないままワインを飲んだグラスが、朝の日差しの中で白いテーブルクロスの上に影を落していた。

 そしてそのグラスの横に、武夫の字で書かれた一枚の白い便箋が置かれていた。そこには端正な字で、「夕焼けには間に合わないけれど、今日は七時までに帰って来ます」とだけ書かれ

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第23話 幻想
咲子は会話が途切れたまま、ぼんやり窓を見つめていた。雨はいつの間にか止んでいた。窓ガラスは雨で埃が流れ落ちたのか、遠く暗闇の中にいつもより多くの街の灯が見えた。遠く三浦半島の方に目を移すと、月が出ているのか、暗い海の中で波が光っていた。街の灯ひとつひとつには灯の数だけ家庭があって、その数の分だけ温かな幸せな家族があると思った。そんな事はあり得ない話だと思うが、今の咲子にはそう思えた

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第22話 原因長野の父親に、マンションを購入し引越しをしたと報告したら、京都の方からお金を出してもらったのかと露骨に言われ、しどろもどろの返事をしたら、父親は状況を察したらしく、
「武夫、長男であるお前が女房の実家に金出して貰って家を買ったなんて、田舎に来て親戚や周りの人に絶対に言うな」それだけ言って、電話を切ってしまった。

父親は長男である自分に何を言いたいか、よく分っていた。このショックは大

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第21話 他人の顔
光が自分のこぶしでドンドンと床や壁を激しく叩くようになったのは、いつからだろう。そればかりではなく、光、光と呼んでも振り向かなかったりあまり言葉も話さなくなった。また、以前のように目を輝かせて笑うこともなくなった。咲子は、そのうち治るだろうとあまり気にしていなかったが、床を叩く回数や叩く時間も長くなって、さすがに心配になった。一度医者に行こうと思ったのは、買ってきた育児書を読み

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第20話 人工の街並
様々な思い違いや思惑違いによってストレスは蓄積された。

ストレスのはけ口は、まずテレビ。 朝起きてテレビのスイッチを入れて武夫を送り出した後は、光に教育用のビデオを見せる以外は、殆んど一日中つけっぱなしにしていた。先生の言う通りだった。そして、パソコンのネットオークションと携帯メール。これは光の衣類をオークションで買っているうちにはまってしまい、昼ごはんを与えるのも忘れるほ

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第19話 マンションには子どもがいなかった
また、ある家族にとって取るに足りないこと、全く気にしないことが、乳幼児をかかえこれから子育ての大事な時期を迎える家族にとって、大きなマイナス要因になってしまうこともある。次の問題においても咲子にとって不運だった。

このマンションは購入価格からして高級マンションに属しているので、入居者の多くは四十代後半から五十代だった。つまり住んでいる多くの世帯は、買い

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