見出し画像

君のだった日

 重いアパートのドアを開けた。雨の日の憂鬱が滞留している。無造作に靴を脱ぎ捨て、壁伝いに或る一室を目指す。テレビの白々しい光に照らされて小さく座っていた一人の男が、驚いた顔をしてこちらを見た。訴えかけるように開かれた目と口と、湯気を漂わせるマグカップに奥歯をかみ締め、間髪入れずに硬い床に押し倒した。打ち付けられた骨が鈍い音を立て、顔が苦痛に歪む。体を冷ましていた雨の雫が、彼の戸惑いを湛えた苦笑いに染みていく。突然の衝動にも抵抗せず真っ直ぐにこちらを見るその視線が刺さった。痛い。体の芯は燃えるように熱いのに、濡れて張り付いた髪が、服が、震えを誘った。痛い、いたい いたい。雨水に絆された両腕が力を失い、彼の胸に崩れ落ちた。節々の鈍痛が重くのしかかり動くことが出来ない。彼のシャツがだんだんと滲んでいく。
「……おかえり」
 細い声で呟かれたその言葉に、堰を切ったように嗚咽が零れた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?