投球動作における鼠径部痛の病態とアプローチ -Groin pain syndrome編-
今回から、トレーナーマニュアルにて定期的にnoteを投稿させていただくことになりました。
C-I Baseball サポートメンバーの 久我 友也 と申します。
私は整形外科クリニックで勤務しており、メディカルな視点でお話しさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
本記事では
野球選手の投球動作中に発生する鼠径部痛について、その病態、評価、そしてアプローチ方法を数回にわたって詳しく解説していきます。
今回は、病理解剖に基づいて診断学的な評価について説明し、次回以降で実際の理学療法評価・治療方法についても取り上げます。
はじめに
野球選手に多く見られる障害として、肩や肘の問題がよく知られていますが、腰部や下肢の痛みも一定数発生しています。
中でも、投球時に鼠径部の痛みを訴える選手に遭遇することがあります。
文献によれば、プロ野球選手の傷害発生にて、そのうち約43%が下肢、脊柱、または体幹に関連するものであることが明らかにされています【1】
さらに、メジャーリーグ(MLB)とマイナーリーグ(MiLB)で記録された33,623件の傷害のうち、約5.5%が股関節または鼠径部に関与していることが報告されています【2】
適切な投球動作には、体幹を十分に回転させることが必要で、これが球速とコントロールを生み出します。
しかし、鼠径部の問題があると、痛みが動作に影響を及ぼし、パフォーマンス低下・競技の中断に至る可能性があります。
よって、正確な診断と効果的な予防・治療が極めて重要です。
鼠径部痛が発生しやすいフェーズ
1.コッキング期の軸足
2.フォロースルー期の踏み込み足
鼠径部にかかるメカニカルストレスは、投球動作のフェーズによって異なります。
コッキング期の軸足 → 伸長ストレス
フォロースルー期 → 圧縮ストレス
そのため、投球動作中に鼠径部痛が発生した場合でも、痛みが軸足にあるのか、踏み込み足にあるのかで原因が異なることになります。
痛みを引き起こす組織の特定
このようなアスリートの鼠径部痛を理解する上で重要なのは、痛みを引き起こしている組織を特定することです。
コッキング期には
鼠径部のどの組織が伸長ストレスに晒されているのか
フォロースルー期には
どの組織が圧縮ストレスに晒されているのか
を見極めることが必要です。
しかし鼠径部痛は、他のアスリートにも一般的に見られる問題であり、疼痛を訴える部位が幅広く、多くの解剖学的構造が痛みの原因となる可能性があるため、病態の判別は非常に難解です。
今回は「鼠径部痛症候群 : groin pain syndrome」という観点から投球動作における鼠径部痛に迫っていきたいと思います。
鼠径部痛症候群とは何か
鼠径部痛症候群の定義
「運動時に鼠径部周辺に痛みを引き起こす状態」を指し、明らかな器質的病変がない場合に、運動療法などの保存療法で改善しうるものと定義されています。
鼠径部痛症候群の特徴
以下のような症状を示します。
・鼠径部・内転筋・会陰部に放散する緩徐で局所性の乏しい疼痛
・運動によって誘発され、安静後に症状が改善
・激しい活動を再開すれば、症状が再発
疼痛を訴えてくる部位は
・内転筋付着部
・恥骨部
・下腹部
・鼠径靭帯周囲
・大腿直筋付着部
・会陰部 など広範囲にわたります。
日本では
「鼠径部痛症候群 : groin pain syndrome」
という用語が使用されていますが
国際的には
「アスリートの鼠径部痛 : groin pain in athlete」
という用語が推奨されています。
これは2014年に行われたDoha agreement meeting(詳細は後に解説)で整理されています。
本シリーズでは、用語を統一するため
「鼠径部痛症候群」で解説していきますが
国際的に提言されている用語があるという背景は理解しておく必要があります。
今回は「鼠径部痛症候群」について
国際的に用いられている診断学的な内容に基づいてを解説していきます。
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