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歩き始めて1年、その後。

 ちょうど一年ほど前から、毎日最低でも8000歩程度歩くよう意識するようになった。その数字を維持するために真夏でも通勤時に2駅ほどあえて歩くようにしていたのだが、今年に入ってからは通勤時間の短縮を優先することにして、会社の最寄り駅まで電車に変更し、通勤の際、あえて2駅前で降りてのウォーキングはやめている。けれども決して「歩く」マインドを失ったわけではない。「なるべく歩く」習慣を身につけたことは、私の心身をだいぶ逞しく、健やかにしてくれた。

 歩き始めたきっかけは、コロナ禍で在宅勤務が増えたことで、仕事の閑散期に家でひとり鬱々としてしまったから。ちょうど1年経った今も、まさに閑散期に当たるのだが、今年は意識して歩きに出なくてもメンタルはだいぶ落ち着いている。「あ、なんかモヤモヤする」という気分になったら、そそくさとキッチンのガス台の油汚れを拭いたり、洗面台の鏡を磨いたりする。体が重だるい、うまく眠れないと感じたら、1時間みっちりストレッチをする。とにかく何か、目の前のことに集中して体を少し動かしておけば、不調もニュートラルな状態に引き上げられるということを知った。これは去年しっかりウォーキングの習慣をつけたから気づけたこと。

 歩くことは自分のチューニング、心と体の調律みたいなもの。そして私にとっては「今に集中する」ことの練習だったみたいだ。両足を動かし、ずんずんと前に進み、進むごとに否応なしに目の前の景色は少しずつ変わっていって、思考すら動き出す。ネガティブな感情も恐るるに足らない。怯えず、膨らませず、ごまかさず、そのままの大きさで受け取って向き合えばいい。そういう思考も、歩き始めて身についた。
 
 実は30代後半まで、歩くことは億劫で、目的地が駅から15分以上かかる場所だったりすると、ああ面倒だなあ、と内心思っていた。連日の深夜残業に常に疲労困憊な体はガチガチ。足腰が重だるくて、どうにも起き上がれないと思った日に、タクシーで通勤したことも何度かある。お金がかかっても車に乗れる方が楽だったから。
 でも今は、なるべく交通機関に頼らずに、30分くらいなら平気で歩くし、1時間かかる場所でも、時間が許すなら歩きたい。歩く余裕がないなら、自転車を漕いで行きたい。移動時間に自分の足を動かすことで得られる清々しい空気を、失うなんてもったいない。歩くことは、自分の中の色んな空気を入れ替えるような時間。

 誰でもない自分の力で。
誰に頼むわけでもなく、自分一人でできること。歩くことが、1年経ってこんなに自分を変えてくれるなんて、うれしい誤算だ。

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