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WIND PARADE'22の記憶


初めての野外イベントだった。 

到着してから周りのお客さんの荷物の少なさを見て、不安から大きめになってしまった自分のリュックを隠しながら物販でグッズをゲットする。次に野外に行くときはもう少しスマートな装備でありたいと帰宅時の疲れの中強く思った。

本題に入って私がこのイベントに行くことに決めたのはフィッシュマンズを目撃したい!
という一心からであった。

彼らが主に活動していた頃からずいぶん後に存在を知ることになったし、私が生まれる前にはもう既に活動休止となっていた。

そんな中、このイベントが開催されるという情報が目に飛び込んできたのである。その中にはフィッシュマンズの文字。土日だったこともありすぐに申し込んだ。

その時の気持ちを表すと、川の向こうからやってきて目の前を流れていく魚を、ずぶ濡れで追いかけて捕まえるような感覚だった。そのくらい、もういつ見れるのかが本当にわからないし、見なければ絶対後悔すると思ったことを覚えている。

バンドを色々聴いていると、変わらないで在り続けていることが当たり前ではないことや、そのありがたさを本当に痛感させられてきた。だからこそ、見れるうちに見なきゃ!という焦りがあったと思う。


そんな気持ちを抱えて向かえた9月11日。
雨が降るかもと伝えられていたが、驚くほどの快晴だった。

フィッシュマンズを見に来るという目的であったが、他のアーティストも名だたる人選だったと今でも思っている。だが私は、皆が良いと思っている音楽を聴き避けしてしまうという天邪鬼なところがあり、この日の並びもその中に存在した方々であった。


始まる前に早めの昼ご飯を食べ終えて入場。
私は自由席だったので、入れ替わるタイミングで少しずつ前で見えるように場所を移動して順々に見ていった。くるり辺りから、もうあの位置より前で見れる自信は正直無いな、と言えるくらいには前でかじりついて見た。

折坂さんの鮮やかな重奏に驚き、にわか過ぎる私でも心が踊ったくるりの上手さに感動し、見た目からは計り知れない芯の強さを感じるカネコアヤノのしなやかさにこれでもかと打ちのめされたのである。忖度なしで素直にそう感じた。やはり皆が良いと言う音楽は間違いないんだ。と思うステージだった。


フィッシュマンズがはじまる。その頃にはもう辺りは暗くなり始めていた。ステージには青い照明が当てられていた。高まりすぎた期待とこれから始まるステージに心がざわざわした。


フィッシュマンズが始まる前のステージ


ステージの細かな内容は、あの日から1週間経っていることもあって細かく覚えていないことが悔やまれるが、音が鳴り始めたその一瞬でフィッシュマンズの音の世界に全てが飲み込まれたのを感じた。母体として息をしている。彼がいたこの世界はひっそりと、でも確かに生き続けていた。そう感じたステージだった。

客席の人々が思い思いに揺れている光景にも音楽の力をひしひしと感じたし、音源で聴き続けてきた音と同じ音がしていることとその切なさには、あまりにも込み上がるものがあった。でも見終わった頃、じんわりと心に灯る温かさがあったと思う。ゲストボーカルを迎えての演奏もあり、かけがえのない時間を見ることができたと感じた。

最後にイベント全体としては、曲を聴きながら昼寝をしている人や、しゃぼん玉が飛んできたりと、程よく自由でゆるやかに音楽を楽しめる空間があり素敵なイベントだったと感じている。場所の雰囲気も穏やかで、またイベント等あれば足を運びたいと思っている。

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