本当の敵

将来の夢は?

いきなりぶつけられた質問。

ブラジルの貧困地にボールひとつだけで乗りこんで子どもたちと笑顔でサッカーしたい。

気づけばそう答えていた。

僕は将来のことを深く考えたことはなく、夢を人に語れるような自信も計画もない。それなのに、すらすらと、しかもそこそこ具体的に夢を語れたから不思議なものだ。

さて、なぜ僕はブラジルの貧困地をサッカーで笑顔にしたいと思っているのか。ブラジルに貧困地があるのかも知らないし、子どもたちが裸足で駆け回るストリート街が存在するのかも知らない。僕みたいな叩けばすぐに折れるくらい弱そうな不審者の相手をしてくれる国民なのかも全くわからない。正直、かなりテキトーに言った。たぶん、ブラジルじゃなくて良いしサッカーじゃなくていい。もっと言えば、貧困地でも子どもたちじゃなくても良いかもしれない。僕の夢なんてそんなもんだ。

でも、過去の記憶を辿ってみると、思い当たる出来事がある。その経験が重要なものだという認識ではなかったので、あんなこともあったなぁ、くらいにしか感じていなかった出来事が。それは約3年前。僕が高校3年になってすぐ。忘れもしない。そう、熊本地震。

地震は、僕たちの目の前に広がっていた当たり前の日常を瞬く間に破壊した。僕たち人間の生活なんて、自然がその気になれば一瞬で消え失せてしまう。人間は無力だと痛感した。怖かった。悲しかった。乾いた涙はほおを滴り落ちる前に蒸発した。

通っていた高校は避難所となった。少量の食料と物資が毎日届けられ、多くの人がそこで過ごすことになった。近所に住んでいたので、そこへ毎日通った。若い僕たちが元気を出して行動することが重要だったので、弁当や物資を配ったり、高齢者に話しかけたりした。そんなとき、避難していた女性からあるお願いを受けた。

「子どもたちの遊び相手になってほしい」

正直なところ、かなり戸惑った。避難所は静かに眠っているお年寄りの方々がたくさんいたし、スペースも狭かった。そもそも生活していくのがやっとだという状況のなかで、「遊ぶ」という行為は不謹慎ではないかと感じずにはいられなかった。楽しそうな笑い声を避難所に響かせて良いのだろうか、と不安に思った。僕が戸惑っているのを見て、女性はこう言った。

「子どもたちはすることがなくて苦しんでいるのです!どうか一緒に遊んでください!」

避難所暮らしでの敵。それは空腹や寒さ、夜も眠れないほどの不安。しかし、「退屈であること」もかなりの強敵だった。いつ学校が再開されるかもわからない状況で、友だちもいない屋根の下で、時々配られてくる冷たいおにぎりをかじるだけの時間。笑顔とは無縁の時間。退屈という敵は子どもたちの心を少しずつ、だが確実に、深く、えぐっていった。僕は友だちを呼び、子どもたちと一生懸命遊ぶことに決めた。

サッカーボールを片手に、避難所をまわった。子どもたちに、サッカーしようと笑顔で誘いまくった。嬉しいことに、親御さんも快く僕に子どもを預けてくれて、10人ちょっとの小さな子どもたちが集まった。僕たちは走った。叫んで、走って、滝のような汗を流した。遊びに本気になりすぎた僕は何人か子どもを泣かせてしまった。それでも、叫んで、走って、滝のような汗を流した。透き通った汗は勢いよく地面へと流れ落ちた。不謹慎なんて知らねぇ‼︎全力で遊ぶと決めたからには遊ぶ‼︎
それは間違いなく、楽しい時間だった。

お湯は出ないし、水は汲みに行かなければ確保できなかったので、お風呂に入ることは簡単にはできなかった。僕もその友だちも、毎日臭くなっては冷たい水で身体を流した。避難所の子どもたちも日に日に臭くなっていった。それでも僕たちは狂ったように遊んだ。遊んで、遊んで、遊びまくった。日が暮れてもボールを蹴り続けた。避難所の大人たちがどう思っていたかなんて知らない。気にしていなかった。僕とその友人は、不謹慎というマントで身を包んだ、悪臭漂う高校生へと成り下がった。

数日経って、避難所となっていた高校の校舎が崩れる恐れがあると報告され、避難所からの撤退命令が下された。誰もいなくなった避難所のでこぼこしたグラウンドには、薄汚れたサッカーボールだけがポツンと残されていた。

たった数日間の数時間にすぎない出来事だ。
おそらくその友人も忘れてしまっているほど些細な話である。今となっては話題にすらならない。しかし、やはりこの経験が今の僕をつくっている気がしてならない。あれから約3年間、一度たりとも思い出しもしなかったのだが。


人で溢れる避難所。

食べ物が足りない。物資が足りない。スペースが足りない。
でも本当に足りないもの。
それは、笑顔と元気だ。

退屈は敵だ。

うん、その通りだと思う。

遊ぶことは不謹慎だ。

これは必ずしもそうではなさそうだ。

夢を叶えるために、僕には戦うべき相手がいるようだ。退屈と不謹慎はいつも強敵だ。

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