石神井2

誰かの「好き」を形にしたい

先日、石神井公園まで行って、春らしい陽気と、気持ちいい緑を浴びてきました。

この日、行こう!と決めたのには、いくつか理由がありました。

直接的な理由のひとつは、毎年5月に石神井公園内の氷川神社にて行われる「井のいち」というイベントに、今年ははんこのワークショップをさせてもらうことにきまっていて。テーマが石神井公園の自然をモチーフにしたはんこ、というものだったのでこの目で見てから彫りたかった。それはとても大切な理由です。

でも実は石神井公園に行きたかったのは、もう一つ理由があって。この公園は、実は我が家からはあまりアクセスがよくないのもあり、行こう行こうと思いながら先延ばしにしていたんです。

昨年、「井のいち」の主催のひとりであり、大切な友人Tさんが、病気で亡くなりました。Tさんは、私のはんこの活動も、音楽の活動も、ずっと前から応援してくださっていて。日常的に会う機会も多くない中で、暑中見舞いや年賀状をくださったり、私の出店するイベントに足を運んでくださったり。独特なひねりのきいた視点を持っていて、とても活動的な方でした。

Tさんは、石神井が大好きで、たくさん写真を撮っていたし、おそらく幾度となく散歩していたのだろうと思う。直接知らないことばかりだけど、風が、空気が、生き物が、緑が、文化が、人が、好きな方だったような印象があります。

私はといえば、正直言ってそこまで植物や自然に強い興味を持っているわけでもなく。だけど、Tさんが好きだった景色を、Tさんがおそらくしていたように、風を感じながら、ゆっくり歩いてみたい。そういう思いは、昨年からずっとありました。

これはTさんと直接関係しないのですが、遡ると、私はよく「亡くなった方」の似顔絵を彫っていました。平たく言ってしまえば、悲しい気持ちを消化したいという思いなのかもしれません。特に好きな有名人やミュージシャンなどが亡くなったとき、泣き崩れるほどの衝撃でもなく、だけど悲しくて、現実感がなくて、とりあえず彫ってみる。そういうことを、よくしていました。

2011年7月に40歳で急逝したミュージシャンのrei harakamiさん。

その後2016年には、「生きている」という個展を開催しました。そのときは、亡くなった方と、その方とゆかりのある、今でも「生きている」空気を保つ場所、そういったことをテーマにして作品を製作したのです。

他界した祖母が住んでいた部屋。今はもう改築でなくなってしまったけれど、この部屋を人々が賑々しく出入りしていたことはよく覚えている。

伝わりきるのかわからないけれど、私の中では、石神井公園は、Tさんにとってのそういう場所でした。そんなにたくさんのTさんの側面を知っているわけではない私は、石神井公園の三宝寺池の周りを歩いたら、Tさんとふっとすれ違うんじゃないか。そんな安易なことを思って実際に歩いてみて、やっぱりそんな気持ちがしたのです。それは悲しい気持ちでもなくて、妙なすがすがしさや、懐かしさにも似ていた気もします。

行きたい気持ちを後押ししてくれたのは仕事というきっかけだったけれど、私はたぶん、Tさんに、この春の陽の気持ちよさを教えてもらいにいったのです。

私の作っているものの背景には、製作者である自分、あるいは◯◯さん、という特定の誰かの「好き」や「大切にしているもの」があります。表現したいのは重苦しいものではなくて、漂う空気とか、雰囲気、聞こえる音などでありたい。誰かの視点を代弁するようなことを発信していけたらいいな。それはなかなかに高い目標なんですが、そういう気持ちはとても大事にしたいなと思うのです。

絵はんこ作家「さくはんじょ」主宰のあまのさくや。誰かの「好き」からその人生を垣間見たい、表現したい。そういうものづくりをしています。
3月18日(日)は雑司が谷・鬼子母神手創り市に出店します。手彫りのはんこや、はんこを使った紙雑貨なども販売します。気持ちのいい春の陽気の中で、ぜひお会いしましょう。

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