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理系社会人にお勧めする副業としての出版④(一人で執筆するということ)

 「執筆作業は孤独なものである」ということは何となくイメージできると思います。とはいえ、「辛くなる時もあるかもしれないが、地道にコツコツと続けて時間をかけることで何とかなるのでは?」と考える方もいるのではないでしょうか。もちろん、執筆を始める前の私はそのように考えていました。自分の性格を踏まえると、地味な作業はそれほど苦にならないので、いつか何とかなるだろうと高をくくっていたのです。むしろ、仕事であれば必ず発生する締切や他部門からの横やり等がなく、自分の好きなテーマを自分だけの力で書けることから、むしろ楽だろうとすら考えていました。
 しかし、一人で執筆を続けるうちに、組織として取り組む業務であれば得られたであろう実務的・精神的なフォローがほとんどないことに徐々に気づくことになります。アメリカの経営学者であるチェスター・バーナードは、「コミュニケーション」「貢献意欲」「共通目標」を組織の3要素として定義しています。これらの要素が成立することで組織としての様々な目的を達成できることができ、どれか1つでも欠けるとバランスが失われ組織不全になるとしましたが、個人はこうした組織とは機能が異なるため、目的達成のために生じる様々な課題について、基本的には自分で解決していかなければなりません。
 もちろん、組織に所属せずに働かれているフリーランスの方々については、通常の業務に限らず、管理や経理など様々な対応をされていますので、そういった方々の取組が最も参考になるところではありますが、本章では、一人で執筆する際の課題について、組織で行う業務と比較した上で説明し、自分なりの処方箋も示したいと思います。

1 組織と個人の違い

 組織として複数部門にまたがる大きなプロジェクトを行う場合、まず組織としての意思決定が行われ、目標や方針、体制、予算等が決定します。その後、グループや個人に役割が割り振られ、分業で業務を進めていきます。そこには全体を統括する管理部門と研究、開発、営業、広報、資金管理等を行う実務部門があります。例えば、全体管理を行うグループは、プロジェクトを細分化したうえで役割分担を行い、進捗状況の管理等を行います。その一方で、役割分担を割り振られた各グループは、自分が担当する範囲に注力すれば良く、個別の進捗等はともかく、全体進捗までを細かく気にかける必要はありません。もちろん、各グループの思惑や狙いがあることから一枚岩で業務が進むということはなく、管理部門と実務部門で衝突することが多いと思いますが、役割分担上こうした事態が生じることは当然であり健全と言えます。
 もちろん個人の執筆作業はこうした大きなプロジェクトとは異なりますが、個人の中で管理部門(スケジュール調整や進捗管理等)と実務部門(執筆作業・調査等)を分ける必要があることから、構造的には類似しています(もちろん、チームとして執筆を行う場合や編集者がつく場合、ブレインの方がいる場合なども多々あると思いますが、理系社会人が初めて執筆される場合は一人で行わざるを得ないケースが多いと思います)。しかし、基本的に執筆は個人の作業であるため、時に不安が襲い、時に楽な方へと流れそうになったとしても、自分で立て直すしかありません。もちろん辛い時には家族や場合によっては友人が励ましてくれることもあると思いますが、自分で決めた道なので最後は自らの足で進んでいくしかありません。

2 進捗の管理

 前項でも述べた通り、組織でプロジェクト等の業務を行う場合には、目標達成に向けた進捗管理が必須であり、例えばKPIを始めとした指標が用いられます。こうした指標による進捗管理のメリットとしては、目標を関係者で共有できるとともに優先順位の明確化や評価基準の統一等が可能になることが挙げられます。こうした進捗管理があるおかげで納期等が順守されるとともに問題の早期発見と迅速な対処が可能となります。
 私の場合は進捗管理の指標として執筆文字数を使用しました。後述しますが、私は原稿ファイルを更新するたびに別名で保存していたことから、文字数カウント機能を使用することで現在の文字数とその推移を常に把握していました。本作でも同様の手法を用いましたが、非常に効果的だと改めて実感しました。自分が目標としている文字数に対して現時点でどこまで進んでいるのか、ここ1週間・1か月の進み具合はどの程度か、なぜ直近の2週間は文字数が増加しないのか、といった事実を通じて、自分を叱咤激励することも、執筆方針を軌道修正することもできるようになります。また、マイルストーンとして目標を定めることで自分のモチベーションを維持することも可能です。と言っても、いきなり毎週・毎月の目標値を決める必要はありません。初めて執筆される場合は、数万字という一見途方もない文字数に対して具体的なイメージが湧きづらいかもしれませんが、最初は月単位のスケジュールよりも四半期ごとの概ねの目標を考えておけばよいと思います。おそらく初めて執筆される多くの方は、最初の数週間で様々な試行錯誤を重ねることで、現実とすり合わせた目標が形作られてくると思います。
 なお、進捗管理を行うためには目標達成の期限も決まっている必要があります。執筆における最初の目安となる期限は脱稿になると思いますが、出版社から依頼があった場合や、執筆にゴーサインが出たような場合は適宜設定されるので問題ないでしょう。しかし、自分のアイディアをとりあえず執筆して書籍の形に落とし込むような場合は、自分自身で何らかのゴールを設定しなくてはいけません。その際は③で触れた長期的スケジュールをベースに総合的に検討したうえで、決定することが望ましいと思います。

3 バランスの調整

 プロジェクトを進める中でも各組織活動を調整し、全体のバランスを維持することは重要です。極端な例ですが、ある新製品のプロジェクトにおいて、研究や開発が道半ばにも関わらず、営業部門が前のめりになって売り込みをかけてしまうと、後々になって納品遅延や品質に係る認識の相違といった大きなトラブルが発生することは自明だと思います。組織であれば、こうしたバランスの確保は全体管理を行う部署がとってくれますが(もちろん、書き直してくれるというわけではなく、修正の方向性を示してくれるだけではありますが、十分にありがたいです)、個人の場合はこういった対応も自らが行う必要があります。
 執筆についても、各執筆項目について質・量ともにバランスがとれていることが望ましいと思います。しかし、執筆時の体調やテンション、その分野の得意・不得意があることから、後々になって全体を振り返ってみると必ずしもそうはなりません。例えば、ある項目については得意分野であることから内容を深掘りすることができた結果、文字数が多くなるかもしれませんが、別の得意ではない項目では内容が乏しもになってしまうこともあると思います。もちろん、ある程度の濃淡は当然必要ですが、極端にバランスが崩れてしまうわけにはいかないので、全体を眺めながらバランスをとっていく必要があります。自分が執筆中に感じたイメージは、DIYにより椅子を組み立てる作業です。一か所のネジを締めすぎてしまうと、バランスをとるために今度は別の場所のネジを締めなおさなければならず、この作業を延々と続けていくこととなりますが、執筆内容のバランスをとる作業は、まさにこれでした。バランス調整には客観的な視点が不可欠ですが、個人で見直す場合は主観を完全に排除することはできないため、作業に当たっては工夫が必要となります。自分の場合は、簡単な目次を早めに作成し、大見出し(章)にぶら下がる各見出しの数や表現、文字数で定量的に判断し、定性的には原稿にしばらく触れない時期(後述する停滞期)明けを利用して、全体を読み込むことで判断しました。

4 チェック体制

 様々な作業現場ではヒューマンエラー防止の観点から指差呼称やダブルチェック、ヒヤリハットの報告といった様々な取り組みが行われています(※1)。組織ではこうしたチェック機能が強く働き、とくに組織として文書を作成する場合は、公表の有無に係わらず上司を含めた複数人によるチェックが行われ、場合によっては、組織を出た後に管理部門で再度チェックが行われることが多いと思います。そこでは、誤字脱字や体裁はもちろん、データの確認や論理構成等についても徹底的に確認が行われます。しかし、個人で執筆する場合はそうはいきません。もちろん出版社によるチェックはありますが、それ以前の段階で複数の視点を持ったチェックを自分自身で行う必要があります。また、執筆内容にデータを多用しているような場合は、そのチェックに係る作業量は膨大となります。
 自分の場合は、「自分自身で行うチェック」と「妻や友人等の第三者によるチェック」で対応しました。前者については一度見た箇所については時間をあけて何度か行いました。気になる箇所について修正を何度も繰り返していくと、部分最適にはなるものの、全体を見た際に前後の文脈との整合性がとれなくなりがちなので、一度修正を行った箇所にはしばらく近づかないことが望ましいと思います。また、一度チェックした部分については別の見方、いわゆる一人双方向型で確認しました。後者については、自分以外の視点でのチェックとなるため、自分自身だけでは得られない効果がありました。特に執筆量が膨大になると、構成や話運びが崩れている箇所が必ずありますが、自分自身は何度も読んできて頭の中で内容を補完できてしまうため、そういった問題がある場所になかなか気が付くことができません。自分以外の人間による客観的な目線でそうした部分を容赦なく指摘してもらうことで必ず良いものとなります。もちろん、その時はつい言い返したくなってしまいますが、ぐっと我慢して受けいれましょう。何よりその人は貴重な時間を費やして不完全な作品を真摯に読んでくれたのですから。
 とはいえ、書籍の内容によっては非常に労力を有する者もあります。自分の場合は、官公庁等が公表しているデータを複数年分ダウンロードした上で加工していたため、そもそも間違いなくダウンロードできているのか、加工にあたっての数式利用が間違っていないかなどを確認する必要があり、相当の時間を要しました。最初の時点ではチェックは2回と考えていましたが、一人で行うことに不安を感じたため、ランダムにページを抽出し、そこで使用しているデータが適切かどうかのチェックも行いました。また、誤字脱字の確認や構成上不適切な部分の修正なども行う必要があります。
 また、チェックとは少し意味合いが異なりますが、使用する用語や言い回しの統一という観点もあります。例えば組織として文章を作成する場合は、執筆にあたってのガイドラインが示されると思いますが、個人の場合は事前か執筆の早い段階で整理しておく必要があります。細かい部分となりますが、執筆開始の時点で簡単な執筆ルール(使用する漢字、執筆者の基本的な視点、引用場所の印付け、データに触れる際に使用する文言 等)を決めておくと後になって確認が楽になる場合があります。後述しますが、自分はそういった対応をせずに書き進めてしまったことから、最後の段階で統一するのにかなり時間を要してしまいました。

5 不安とのたたかい

 組織として決まった方針であれば、そのプロジェクトや業務の内容に多かれ少なかれ疑問があったとしても粛々と従うことが求められます。時には本意ではない業務を行わざるを得ないといった辛い思いをするかもしれませんが、組織に属する以上は基本的には従う必要があります(そうしなければ上意下達の指揮系統を有する組織として活動することができません)。しかし、見方を変えればレールは既に敷かれていることから、時に前進し時に停滞するなどスピードの差こそあれ、後退することはほとんどなく、ゴールには近づいていきます(その方向が正しいか否かはまた別問題ですが)。また、組織の決定という個人には抗えない大きな意思に良くも悪くも守られており、自分の考えは二の次となります。
 一方、個人で執筆を進めていると、時おり「誰もこんな本に興味はないのでは」「こんな内容で世に出すと笑われるのでは」といった暗い気持ちになり、執筆そのものをやめようと思うことさえあります。とくに真面目な人ほど、こうしたネガティブな考え方に陥ってしまうと思われます。こうした事態に陥るタイミングとしては執筆の全貌が見えてきて書籍としての体裁を持ち始めた頃であり、その要因としては執筆に向けて情報収集を進めることで知見が蓄積された結果、当初考えていたアイディアが色あせて見えてしまうことが挙げられると思います。確かに初めての出版となれば、出版後の評価に対して不安な気持ちになると思いますが、「こうした内容の書籍が必要である」と強く思った執筆開始原点の気持ちに立ち返ることが一番の処方箋になると思います。

6 作業の平準化・均一化

 組織において作業能率はムラがあるよりも均一化している方が望まれると思います。しかし、実際は、妥協の誘惑がある場合や、本来あるべき分量・締切を超えて作業にのめり込んでしまうことが多々あると思います。例えばデータを分析する場合に、「あと5年分を遡って調べれば更に良い資料ができるかもしれないけど、結果はほとんど変わらないだろうし、手間がかかって面倒だから今のままでいいや」といった気持ちになることもあるのではないでしょうか。しかし、管理部門や上司の立場としては良いものを求める責務があることから、上述したチェック機能が働き、そういった妥協案が通過してしまう可能性は小さくなります。その一方で、締切間近でしかも仕事としては及第点を十分得ているにもかかわらず、限界まで精度を上げたい半ば個人的な欲求に突き動かされることもあると思います。こうした場合も組織であれば、全体進捗の都合があることから、適当な落としどころに到達すると思います。
 一人で書いていると、こうした対応の裁量も自分次第となります。多忙な日々の中では妥協の誘惑は常にありますが、それによるクオリティの低下はできる限り避けなければなりません。また、細部を詰めていくことは重要ですが、そこにこだわりすぎると執筆量・執筆時間が膨大となり、いつまでたっても脱稿に至りません。
 本来は執筆に対する姿勢は中庸が望ましいですが、一人で執筆を進めていく以上なかなかコントロールすることは難しいと思います。しかし、敢えて言わせてもらえれば、こうした事態が生じないよう、自由研究の段階から徹底的に考え抜くことをお勧めします。これにより、疑問の先送りが少なくなり、ひいては妥協の可能性も低下することからです。

7 アイディア枯渇への対応

 組織においては、業務を進める中で各所から様々な要求があると思います。「ライバル企業の製品と性能で差別化を図る」「今までにはない独創的なPR方法を考える」「できるだけ早期に完了する」等、際限がないと思いますが、ともかく必要となるのはアイディアです。各担当者のアイディアが煮詰まり袋小路に入ってしまったような時でも、組織においては解決に向けた様々なアプローチが考えられます。関連部署や上司・後輩・同僚といった人材への相談、ブレインストーミングを始めとしたメンバー間での議論、過去の類似事例の調査等、その方法は様々です。こうした取り組みやコミュニケーションを通じて、個人だけでは予想もできなかった新たなアイディアや視点が生まれます。
 一人で執筆を続けていく際も、執筆内容をより良いものとするためには様々なアイディアを必要としますが、自分の中から生み出し続けていくだけではいつか必ず枯渇してきます。もちろん執筆を続けていくことで知見が蓄積し、自分自身の情報収集のアンテナが高くなることから様々な情報をキャッチできるようになりますが、できれば自分とは別の視点を持った意見に触れることで、アイディアの新陳代謝を進めていくことが望ましいでしょう。家族や信頼できる知り合いへの相談やSNS等での情報収集などの方法が考えられますが、自分の場合は関連する分野の書籍や論文に触れることを意識しました。

8 モチベーションの維持

 執筆であれ業務であり、「継続的」に「熱意」をもって取り組んでいくためには、モチベーションを維持していくことが重要です。組織の場合、「継続的」の部分は業務の締切が明確に決まっていることから、モチベーションの有無に関わらず取り組まざるを得ないという状況におかれますが、十分な「熱意」がなければ仕事の質が低下することから、モチベーションを高い状態に維持する必要があります。自分の希望する業務であれば問題はありませんが、必ずしもそうした業務を行えるとは限らないため、組織・個人レベルでモチベーションを高めるために様々な方法が試みられていると思います。仕事に対する強い動機付けや「やる気」を高めることを目的とした自己啓発本が販売され、セミナーが多数開催されているのは、それだけ多くのニーズがあることを示しています。
 個人で執筆を行う場合も同様の問題に直面します。締切が明確になっている場合は「継続的」に行うための強制力が生じますが、出版社へアプローチする前段階での素案作成といった締切が不明確な場合、モチベーションが上がらないと執筆を継続的に行うことは相当困難になります。「熱意」については言わずもがなですが、執筆活動というある意味での苦行に一歩を踏み出した時点で十分すぎる熱意はあると思います。ただし、執筆活動は長期間に渡ることから、時にモチベーションが低くなってしまう時もあると思います。そうした際は(5)でも触れたとおり、執筆活動を始めた際に自分がどういう気持ちを持っていいたかを改めて思い出してみてください。
 自分の場合、「継続的」な取組対策としては、執筆の時間帯を習慣化することで対応しました。最初のうちは家族が寝静まってから1時間程度執筆する夜型としていましたが、何となく体調が悪化したため、5時頃に起床して子供たちが目覚める前の6時頃まで執筆を行う朝型に切り替えました。自分の場合、家事の役割分担が朝担当だったことから、家事を開始する前に執筆を行うという生活を平日・祝日関係なく続けました。「熱意」についても必ずしも常に高い水準だったわけではありませんでした。とくに執筆がある程度進むと気持ちに余裕が生じてしまい、当初の貪欲さが失われてしまいがちです。そうしたときは、「一つのアイディアを思いついた時には既に同じこと考えている人が世の中のどこかにいる」といった話を意識するなどして、無理やりにでも自分自身で背中を後押ししました。とくに、文字数が数万となり、それなりの形になってくると、「ここまで頑張ってきたのに先を越されるわけには決していかない」と見えないライバルに対抗心を燃やすことで自分を奮い立たせました。しかし、どう頑張っても行き詰ってしまう時などは、場合によっては冷却期間をあえて置いた方がよいケースもあります。そうした時でも「必ず出版する」という気持ちだけは維持するように心がけてください。

<引用>

※1株式会社日科技連出版社「ヒューマンエラー防止の心理学」(重森雅嘉 著)


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