扉の前で立ちすくむ
高校のときの先輩から不意にLINEが来ました。
「あそこの喫茶店が今月いっぱいで閉まっちゃうらしい──」
いまさら拙い文章で、こんな内容を書かれても、と思われてしまうかもしれないけれど、この感情を忘れないために、日記のように書きたいと思います。
現在私は大学3年。しがない男子大学生として、しがない生活を送っています。そんなごく普通の大学生になる、少し前の話、
私は高校で吹奏楽部に入っていました。その部は普通の吹奏楽部と少し違い、クラシック、ジャズ、ポップス、劇、パーカッションパフォーマンスなど、様々な活動をしていました。
そんななかでも、当時傾倒していたのはジャズ。先輩の影響もあってか、そのかっこよさにすぐに惹かれていきました。
そんなある日、学校の近くにジャズ喫茶があるらしいから一緒に行かないか、と先輩に誘われました。
惹かれていたジャズ、慕っていた先輩からの誘い。
断る理由はありませんでした。
部活終わり、嬉々として喫茶店へ向かうと、大きく「JAZZ」と書かれた外装を前に、少し立ちすくみました。高校生の私は入り口の扉が、大人への扉に感じられたのです。
カランコロン。
扉を開けると、ジャズの巨匠と呼ばれる人たちの写真や楽器なんかが飾られ、いかにもお洒落なジャズ空間。
瞬時に虜になりました。
「あれ、こんにちは。◯◯高校の子?」
高校生が入るのが珍しいのか、少し不思議そうな顔をしたマスターが尋ねてきました。
そうです、と答えると、そっか、まあ好きなとこ座ってぇと笑顔のマスター。
ろくに味も分からない(今だってそんなに分かってない)くせにコーヒーを頼んで、
「あ、おいしい」
なんて言ってみたり、
「ジャズやってるんすよ」
なんて鼻高々に言ってみたりしてる私たちを、マスターは面白そうな顔で話を聞いてくれていました。
気づくと閉店時間をとっくに過ぎていて、マスターに謝りつついそいそと帰ることにしました。
「また来ます!」
そんな少し大人な、でもなんだか楽しい初日を経験した私たちはそれから幾度となく、通うこととなりました。
それから月日は流れ、私は大学生になり、その喫茶店に足しげく通うこともなくなっていた、つい先週のこと。冒頭のLINEが届きました。
原因はコロナの影響。
確かにニュースでは連日、飲食店に大打撃と報道されていました。
でも、こんなに身近では起こるはずがない、とどこかで楽観視していたのです。恥ずかしい限りです。
大学の授業もオンライン、外出自粛で外食にもなかなか行かない、外に出る時は必ずマスク。
こんなに身近な筈なのに、何を分かったフリをしていたのか。
即刻行くことを決め、最後の挨拶をしに向かいました。
あの大人の扉を開けると
「40年間ありがとう!」
と書かれた紙が貼ってありました。
店内には壁に貼られた寄せ書き。
お洒落な内装。
常連で一杯になった席。
「おう、久しぶり」
と笑顔のマスター。
変わっていくものと、変わらないものが同居していました。
何も変わらないはずなのに、何かが大きく変わってしまった。
不思議で寂しい感覚でした。
メニューを眺めていると、マスターが私たちの元へ。
「今日はね、もう出せるものがほとんどないんだよね。だから出したいお客さんにだけ出してるの。スパゲッティとかなら出せるよ?」
と茶目っ気溢れた笑顔。
ホワイトスパと野菜スパを頼みました。
どちらもよく食べていたスパゲッティです。
もうこれを味わえなくなるのか。
と、最高に美味しいスパゲッティを、一口一口、ゆっくり味わいました。
私たちが食べている間、マスターは他のお客さんの料理をしたり、常連客と思い出話に耽ったりと、あちこち忙しそうに、でも楽しそうに、どこか悲しそうに働いていました。
私たちの元へもやってきたマスターは
「お前らは変わんねぇな笑、最初に来たのは……もう5年くらい前か!?」
と高校生のときの話をし、お互いに現状報告をしあったり、こんな話したよな、と思い出話の花を咲かせました。
少し臭い言い方になるかもしれないですが、私にとってこの喫茶店は青春そのものでした。
大人でも子供でもないというフラストレーション。
現実逃避気味に音楽に逃げていた時代。
えもいわれぬ葛藤を抱えていた青二才の私。
そんな全てを、この喫茶店は受け止めてくれました。
寄せ書きにはたくさんのメッセージがありました。
「15年間ありがとう!」
「もうホワイトスパが食べれないなんて寂しい」
「ママたちの拠り所が無くなる…」
「転職しても応援してます!」
私たちは40年という長い歴史のほんの数年しか通いませんでした。更に言えば、ここ数年はあまり通えていませんでした。
自分たちだけではない、多くの人に愛されていた喫茶店。誰かにとっての青春の場所であり、拠り所であり、受け止めてくれる場所。
もう誰も「また来ます!」と言えなくなってしまった場所。
マスターは言いました。
「俺はお前らみたいな若い人と話すことができて本当に良かった。俺らの世代がこんなに生きづらい世の中にしてしまってすまない。これからは君たちの時代だから、頑張ってくれ。」と。
「一緒に頑張りましょうよ。」
非力な、しがない普通の大学生にはこんなことしか言えませんでした。
何度も通うことで救えたかもしれない喫茶店。
社会の流れを茫然と眺めているしかない大学生。
何かを託された私たちは
何かを変えられるのか
何かが変わり行く世界で
何ができるのか
私は、苦みばしった顔でコーヒーをすすりながら、扉の前で立ちすくむことしかできないかもしれない。
つたない文章や絵ですが読んだり見たりしてくださり、ありがとうございます。僕のnoteを読んで「ふっ。」と「ほっ。」ときっと出光してくれたらエネゴリ君になります!不束者ですが、何卒。