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被害者の権利と報道の正義を考える

 大げさなのはタイトルだけ、かな?ごゆるりとご覧されたし。

 先日、ニュースが下着泥棒の事件を伝えていた。何者かがコインランドリーに頭を突っ込んで何かをつかみ、ポケットに入れて立ち去って行った様子を防犯カメラが捉えていた。これまで窃盗した下着100着以上が自宅から押収され、何者かは容疑者になった。

 この件を伝える音声が淡々と流れているテレビ画面には、押収された下着がブルーシートに整然と並べられていて、カメラは遠目から全体を映した後、なめらかにズームをかけてゆっくりとレンズを上下左右に動かし、奪われた多くの下着たちを鮮明かつ丁寧に映し出した。見る限りトランクスもブリーフもボクサーパンツもなかった。容疑者は女性用の下着が好きだったらしい。この映像に映し出されたのは、資料映像ではなくて管轄の警察署で撮られた本物の被害にあった下着だったようだ。

 そして思った。下着たちの持ち主はこの映像を見てどう思うのだろうか。想像してみる。

持ち主A「私の下着!やっぱり盗られていたのね!犯人のばか、捕まって当然よ!!」

持ち主B「オレの趣味をどうしてくれるんだ。オレがあの下着を買うのにどれだけ勇気を振り絞ってるか分かってんのかよ。ねーちゃんに買ってきてって頼むのだってもう限界だよ。おい犯人、オレはちゃんと金を払って意を決してオレの下着を買ってるんだからな!」

持ち主C「どうしてよりによってベージュの使い古したやつを持っていくのよ!せっかくなら勝負下着にしなさいよ、先週買ったフリフリのがあるんだから。あんなの全国放送で晒されたら恥ずかしいわよ!」

持ち主の夫D「妻の下着が上下セットで窃盗被害に合ったことがまず大変遺憾でありますが、報道各社におかれましては誰の許可を得てこの映像を放送しておられるのでしょうか。このようにプライベートをさらされて、妻は大きなショックを受けております。唯一の救いは、不特定多数の国民が見たであろうあの下着が妻のものであることを知っているのが私たち夫婦だけであることです。当該ニュースの視聴率が低いことを願います。」

持ち主E「えー、あの紐パンないと思ったら盗まれてたのまぢやばくない?高かったし返して欲しいんだけど、恥ずかしくて言えないよねー。テレビに映ったから分かった、なんて言ったらあたしの趣味ばれちゃうし、まじうけんだけど。いくら下着に保険なんかかける人がいないからってさ、被害者は泣き寝入りするしか出来ないとか、まぢやばすぎね?」

持ち主F「盗難にあったものは、ワイヤーが飛び出すほど古くなっていたのに捨てられなくて困っておりましたが、おかげで処分できました。何かと面倒ですので、被害届は提出致しません。」

持ち主G「ああ、昨日行ったお店の女の子があれと同じパンツ履いてましたね、すぐ脱がしましたけど。ちなみにその隣のは、おれのばあちゃんのだって嫁が言ってました。ばあちゃんがパンツ失くしたって騒いでっから、ついにボケたかと思ったけど違ったんすね。あんなブヨブヨだけどばあちゃんには大事だったみたいで…え?嫁に怒られないかって?ああ、そうっすね、いや、まずいっすね…」

近所の人H「こんなのすぐ捕まるのに、なんでやっちまうのかねえ。病気なんじゃないのかい、犯人は。裁判が終わったら病院で治療した方が良いよ、またやっちまったら辛いだろうよ、なあ。」

 プライバシーとは、何を守れば良いのか。個人情報が記載されていないからと言って、個人が特定されないとは限らない。まして、あのようなデリケートな押収品をモザイクもなく放送することは許されるのだろうか。十着十色、それぞれにそれぞれの物語が詰まっている。被害者の権利とは、報道の正義とは何か。思いがけず考えさせられた夕方のニュースだった。

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