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映画「波の数だけ抱きしめて」1991年

ホイチョイ三部作の締めとなる一本は、1991年に作られた本作です。
映画の撮影は、この年の5月まで行われていたのですが、馬場監督の話によれば、その撮影中に「バブルの弾ける音が聞こえた」とのこと。
バブル絶頂期という時代の空気感の中で作られた前作二本でしたが、そんなバブルの終焉を察知したかのような、哀愁漂う青春ノスタルジーとなった本作。
明らかに、これまでのホイチョイ作品とは、テイストが違いました。
名だたるメーカーとのタイアップで、スキーとマリンスポーツを、バブリーに描いてヒットさせた前作とは違い、本作のテーマはかなり地味です。
高校時代の同級生たちが四人が、大学最後の夏休みに集まって、湘南海岸全体を網羅するミニFM局を開設しようと奮闘するのが物語のメイン。
ここに、大手広告代理店の、イケメン社員が一人加わって、ヒロインをめぐる恋愛バトルが展開していきます。

⚪︎ 主要キャスト

ヒロインの田中真理子を演じるのは、真っ黒に日焼けした中山美穂。
高校時代から、真理子を好きなのに、言い出せずに、悶々としている優柔不断男・小杉正明を演じるのが織田裕二。
真理子の親友・高橋裕子を演じるのは、ミポリン以上に真っ黒に日焼けした松下由樹。
FM局の技術部門を担当する芹沢良明を演じるのは、阪田マサノブ。
そして、広告代理店勤務の吉岡拓哉を演じるのが別所哲也というキャスティング。
ちなみに、このシリーズの登場人物の役名の多くは、ホイチョイプロのメンバーの名前をもじっています。

⚪︎織田裕二の選択

映画の主要キャストは以上5名ですが、脚本では当初、広告代理社員の吉岡を主人公にして、この役を織田裕二に演じてもらう予定だったそうです。
織田裕二は、この年の大ヒット・ドラマ「東京ラブ・ストーリー」のカンチ役で、ブレイクしたばかり。
まさに旬な俳優を主演に迎えるにあたり、それなりに「美味しい」役を用意したようです。
しかし、映画の説明を織田裕二にしたところ、なんと彼が希望した役は、あまりカッコいいとは言えない優柔不断の小杉の役の方だったそうで、馬場監督と、脚本の一色伸幸氏は、椅子からずり落ちるほど驚いたとのこと。
二人は、主演男優の意を汲んで、脚本を多少手直しした上で撮影に臨んだそうです。
確かに、吉岡という姓は、前二作では、どちらとも主人公についていた名前でしたね。

⚪︎ オープニング

映画はモノクロの映像でスタートします。
ユーミンの「心ほどいて」が流れる教会で、田中真理子の結婚式が行われています。
最後列には、吉岡、裕子、芹沢が並んでいます。
遅れて入ってきたのは小杉正明。
5人が、湘南で同じ夏を過ごした1982年からは、すでに9年もの月日が流れていました。
真理子の新郎になる男性は、「おやっ」と思うほどのオジサマ。
この人は誰かと思って、調べてみたらフォーク・デュオ、ブレッド&バターの岩沢二弓という人。
ブレバタの楽曲は、加山雄三やサザン・オールスターズの楽曲同様、昔から湘南サウンドとして親しまれてきていますから、湘南を舞台にした映画を作るに際して、リスペクトを込めてのキャスティングだったのでしょう。
久しぶりに会った小杉と芹沢は、あの当時の思い出を辿るように湘南海岸へと向かいます。
そして、湘南へ抜ける葉山トンネルの手前で車を止める二人。
このトンネルの向こうには・・・

トンネルを抜けると映画は1982年の湘南へタイムスリップ。
輝いていたあの頃を象徴するかのように、画面はカラーになります。



⚪︎ 砂浜でハマった想い出

砂浜でスタックして、身動きが取れなくなった黄色のフォルクス・ワーゲン・カブリオレが一台。
いたずらにタイヤを空回りさせているので、タイヤはどんどんと砂に埋もれていきます。

「ちょっと待っててね。」

男が助手席の彼女に向ける笑顔もひきつり気味。

「手伝いましょうか。こういうの慣れてるんで。」

男に声をかけたのは、田中真理子。
彼女は、すぐそばのミニFM局から湘南の海水浴客たちに向けて、音楽放送を流している地元の女子大生でした。
浜辺で手ごろな木切れを探してくると、ハマった後輪の下に差し込み、手慣れたハンドルさばきで見事にビートルを救出。
浜辺への車乗り入れを男に注意すると、彼女は颯爽と去っていきます。

口あんぐりの男の名前は、別所拓哉。広告代理店大手・博(放)堂の営業マン。
真理子に一目ぼれした別所は、車にガールフレンドがいるのも忘れて、彼女を追いかけます。
もしも、当初の台本通り、本作の主役が別所拓哉だとしたら、このシーンはなかったんじゃなかろうか。
ちょっとそんな気もします。
この男チャラチャラしていて、かなり軽い。
おっと、人のことは言えません。
乗り入れ禁止の砂浜に、彼女を乗せて侵入し、スタックして動けなくなった経験は僕にもありますね。
しかも、下心まんまんで、人気のない場所を吟味した上で、あたりが暗くなってからはいっていきましたから、そこでスタックしてしまうともう最悪です。
運送会社勤務でしたので、真理子式脱出方法の知識はありましたが、これがなかなかうまくいきません。
気持ちは焦るのですが、こういうときは男の見栄で、「何か探してくるから、音楽でも聴いてて。」なんてことを言ってしまうわけです。エッチな気持ちはもう完全に吹っ飛んでいます。
その日は日曜日で、翌日はお互い会社があるので、車を置いていくことも考え始めた時に、前方に車のヘッドライト。
この車に引っ張ってもらうしかないと、ダッシュでお願いに行きます。
やはり相手もカップルで、同じようなことを考えていたようですが、こちらと違うのは乗っていた車が四輪駆動のランクル。これなら砂場でもスタックすることはありません。
こちらのお願いに、嫌な顔一つしないで、脱出を手伝ってくれた彼氏には、後光がさしていましたね。
まだ、メールもLineもない時代でしたから、名刺交換だけして、翌日その彼氏には、お礼の手紙を添えて、菓子折りを送りました。
四駆ではない乗用車で海岸をドライブする予定の方は、是非太めのロープだけは常備されますよう。



⚪︎ 音楽

湘南の海水浴客やサーファーたちに、FM電波で音楽を届けようという物語ですから、やはり本作でも大きなウエイトを占めるのは音楽です。
ホイチョイ作品における音楽は、作品のクゥオリティに毎回大きく貢献しています。
一作目ではユーミン、二作目ではサザンの楽曲を、憎いくらい上手に映画に活かし切った実績がある馬場監督ですが、今回は、ミニFM局が舞台ということで、洋楽のAORを上手に選曲しています。
僕の世代は、今の若い人たちよりもはるかに洋楽が身近だったので、洋楽に対する思い入れはヒトシオなのですが、日本映画で、こんなにたくさんの洋楽ヒット曲を映画の挿入曲として使用した映画は、初めてでした。
海の向こうということであれば、思い出せる映画がひとつあります。

ジョージ・ルーカスの出世作「アメリカン・グラフィティ」ですね。
あの映画は、1972年に作られた作品ですが、ちょうど10年前の1962年夏の一夜の出来事を、当時のヒット曲を散りばめて作った青春群像劇でした。
10年前を、ノスタルジックに振り返るというスタイルは、本作にも大きく影響を与えていそうです。
当時、二枚組で発売された「アメリカン・グラフィティ」のサントラ盤は、これを持っていれば、アメリカン・オールディーズのつかみはバッチリというくらい充実したコンピレーション・アルバムでした。
本作に使用された洋楽を収めたサントラ盤は発売されましたが、DVDとBRには、使用許可が下りずに、長らく発売されなかったようです。

洋楽の他に使われたのは、ユーミンの楽曲が4曲。
どれも、この映画のために作られたと錯覚するように、ドンピシャはまっていました。
まるで、歌詞がシナリオになっているようでしたね。
特に、「SWEET DREAMS」の使い方などは、鳥肌もの。
馬場監督の、音楽に対する気合の入れ方には脱帽するのみです。
僕も、動画の編集はよくするので実感することですが、映像にドンピシャリの音楽がフィットすると、そこにはこちらが予想もしない化学反応が起こることがしばしばあります。
それは、ただ「いい曲」がかかればいいというものではないんですね。
間違いなく映像と音楽との相性というものが存在します。
これを上手にマッチングできるのは、やはりセンスというほかはありません。

おそらくは、いろいろな音楽を聴きこんで鍛えてきた馬場監督の「音楽を聞く耳」に対する自信が、この人を映画監督にさせたような気がしないでもありません。
彼のYouTube番組を聞いていても、映画音楽に対する言及は、たびたび出てきます。


⚪︎ 中山美穂

中山美穂は、14歳でドラマデビューして以来、歌って演技できるアイドルとして、スター街道をまっしぐらに進んできたことは承知していますが、特に彼女の出演作品を追いかけた記憶はありません。
やはり、実年齢で一回り違うというのは、決定的ですね。
こちらは、もうアイドル・スターを追いかける年齢ではなくなっていました。
彼女のバイオグラフィを眺めてみましたが、彼女の出演作品として初めて見た映画が本作であることに、今回初めて気がつきました。

白状してしまいますが、本作の中山美穂には、ちょっとキュンとさせられました。
そのシーンは、小杉に車で家まで送ってもらった後のシーン。
真理子は、アメリカに住んでいる両親の元へ引っ越すことが決まっています。
しかし、もしも小杉が告白してくれたら、それをやめてもいいと思っているんですね。
彼女は一度高校時代に、小杉に告白されていました。
しかし、その時は親友の裕子が、小杉を好きだということを知っていたので、「つき合えない」と断っているんですね。
ところが、裕子の小杉熱は、その後すぐに冷めてしまいます。
小杉は、その時のトラウマがあって、頭の中は真理子のことでいっぱいなのに、告白することができません。
二度目も断られたら、自分はもう立ち直れない。それが怖いんですね。
小杉には、真理子の気持ちを推しはかれる余裕もありません。
そんなところへ、突然現れた別所が、自分の目の前で、猛烈に真理子にアタックをしているわけです。
小杉の気持ちは掻き乱れるばかり。
映画の中で、小杉は都合三回真理子に向かってこう言います。

「田中。大事な話があるんだ。」

しかし、毎回その後の言葉が出ません。
家の前で、真理子を下ろすと、小杉は結局何もいえずに、帰っていきます。
そのダットサン・トラックの後ろ姿を目で追いながら、真理子がポツリという独り言。

「やられちゃうぞ。誰かに。」

これには痺れました。
中山美穂よりも、ひとまわり年上のおじさんは、これ一発で彼女のファンになってしまいましたね。
なので、本作以降の彼女の出演作品は、割と見るようになりました。

ちなみに、彼女がやるあの放送前のおまじない。
あれはやってみると、なかなか難しいですよ。そう簡単に人差し指と中指は絡みません。



⚪︎ 松下由樹

しかし、その中山美穂よりも、さらに良かったのが、真理子の親友裕子を演じた松下由樹でした。
彼女の人生で、一番黒く日焼けしていたのがこの映画の時だったことは間違いないでしょう。
その彼女が、ショートカットで、ホットパンツから長い脚をニョキリとだし、半分水着のような格好で、ヤマハのポップギャルをあちこちにぶつけながら、湘南海岸を走り回る姿はキラキラと輝いていました。
四人の中のムードメイカーは、いつでも彼女でした。

馬場監督も、自身のYouTubeチャンネルで言っていましたが、実際の彼女もほぼそんなキャラクターだったとのこと。
仲間同士で、仲良くふざけ合ったりするシーンなどは、即興のアドリブもどんどん飛び出して、現場を盛り上げながら、役を膨らませていたそうです。
彼女のこのネアカ・キャラを、映画の前半でたっぷり見せられているので、クライマックスの展開が、たまらなくなるという仕掛けです。これにもやられましたね。
彼女は本作の演技で、第15回の日本アカデミー賞助演女優賞獲得しているわけでが、これは大いに納得するところです。
思い出してみると、彼女の名前を初めて知ったのは、「想い出にかわるまで」というドラマでしたね。
この映画が作られる2年ほど前です。
今井美樹と石田純一主演のドラマでしたが、彼女の役は姉の今井美樹から、石田純一を奪ってしまう役でした。
かなりインパクトがあって、よく覚えていましたが、その松下由樹が、実はこんなにスタイルがいいと知ったのは、本作でした。



⚪︎ F M局

さて、湘南のミニFM局KIWIの悲願は、江の島までの湘南海岸すべてのエリアに、自分たちの放送電波を届けること。
この野望にトライしているのは、無線電波マニアのアマチュア技術者・芹沢良明。そして、それを一緒に手伝っているのがペンキ塗り担当の小杉正明。
通常ミニFMの電波が飛ばせる範囲は、2~300mくらいだそうです。
映画の中の説明ですと、出力を上げるのは電波法にひっかかって違法になるので、必要なのは中継器。
これをポイントごとに設置して、リレー中継で湘南全エリアをカバーしようというわけです。
Wiki によれば、「同一の周波数をリレーでつなぐことは、当時の技術では不可能」とにべもありませんが、これを突っ込むのは野暮というもの。



ちなみに、ミニFM局の開設手順をChatGPTに聞いてみました。
まず、総務省に開局の申請が必要です。申請費用は諸費用と合わせて7500円。
次に開局に必要な機器の購入。
電波送信機、アンテナ、ミキサーそして、接続機器ですね。
音楽を流すことが目的なら、もちろんオーディオ・セットも必要です。
放送の準備が整ったら、必要な手続きを行い、周波数の割り当てを受けます。
放送準備が整ったら開局届を提出。
開局の許可が下りたら、いよいよ放送開始です。
放送が開始されたら、同時に周波数の利用料金が発生します。
これは、地域によって違うのですが、平均的料金は、およそ毎月2,000円程度。
都道府県境を超える放送になれば、その倍の4,000円程度です。
メチャクチャ敷居が高いというほどではなさそうですね。
2021年10月現在で、日本全国におよそ4000のミニF M局が、開局されているとのことです。

ちなみに、電波を中継機を使って、遠くまで飛ばす行為は、無線設備規則によって禁止されていますね。
違反すれば、罰則もあるようです。

⚪︎ インターネットラジオ

FM放送は、地域限定の放送になるので、より地元や特定のエリアに特化した情報を提供することになるわけですが、今やインターネットの時代です。
ネットを利用すれば、個人からの発信が、瞬時に地球の裏側にまで、届く時代です。
しかも、それが人気コンテンツとして認められ、たくさんの人が視聴すれば、課金までされるわけです。
但し、課金が発生する以上、当然のことながら、著作権のある楽曲を、番組内で使用することはできません。使うなら著作権料を払う必要があります。

これが、ミニFM局とは、決定的に違うところですね。
ですから、インターネットを利用して、著作権を持たない個人が、F M放送で流れるような、音楽コンテンツを作ることは出来ません。
これは犯罪行為になりますので、見つかれば処分の対象になります。
他人の所有物で、商売をすることはN Gというわけです。
僕も個人的にYouTubeにはよく動画をあげていますが、ちょっとでも世に発表された曲が混じっていると、AI がすぐにそれをチェックして、メールが届きます。

「この動画は、著作権を侵害しているので、収益は発生しません。」

でも、そんな案内が来るだけよくなった方で、以前は、動画の音声がカットされたり、問答無用で動画ごと削除されたりしていました。

⚪︎中学時代の思い出

映画からは、どんどん脱線していくのですが、本作を見ていて、中学時代の「遊び」を思い出してしまいました。
あの頃は、各ラジオ局の深夜放送が、中学生に広く浸透していました。
みんなお気に入りのDJの番組を深夜遅くまで聴いていて、眠い目をこすりながら学校に来ていましたね。
そのうち始まったのが、自分の番組作りです。
おしゃべりが得意なやつは喋りまくり、音楽に精通しているものは曲紹介をし、オーディオにこだわるやつは「いい音」を自慢し、ギターが弾けるやつは弾き語理をするなどなど。
その頃の中学生は、誰もが一台ラジカセを持っていたので、それぞれの番組を録音するのはカセット・テープです。
もちろん、生放送などできるわけないので、そのカセットを仲間内で回しっこするわけですね。
時には、クラスの女子にリクエストをもらったり、メッセージをもらえれば、番組内で読み上げたりもするわけです。
みんな深夜放送のDJになりたがったんですね。

⚪︎ AIWA TPR-205

ちなみに、僕が当時持っていたラジカセは、AIWA TPR-205。
なんといっても、この製品の目玉は、2WAYのFMマイクロフォンでした。
ジャックにさせば、普通のマイクにもなり、内臓のFMラジオに飛ばせば、ワイヤレスマイクにもなるという優れもの。
今のBluetooth に比べれば、ノイズも多く、比べ物にならないくらい性能は低いマイクでしたが、ラジカセを部屋に置いたまま、マイクを持って喋りながら外を歩けるというのは画期的で、僕が作る番組は、この機能を多用していましたね。
当時の我が家は駅前商店街にありましたから、実況中継のアナウンサーにでもなったつもりで、マイクを持って喋りながら、駅前を歩き回っていました。
考えてみれば、かなり怪しい中学生だったと思います。

僕が、中学生だったのは、1970年代の前半でしたから、本作の舞台となる1982年よりも、さらに10年ほど前に、FMの電波を飛ばして遊んでいた中学生がいたというお話です。



⚪︎ 怒涛のクライマックス

さて、話を映画に戻しましょう。

クライマックスを、そのまま文章にしてしまいますので、ネタバレが嫌な方は、この先はご遠慮ください。

吉岡の協力で、中継機による電波リレー延長作戦は、いよいよ江ノ島まで到達することになります。
このプロジェクトの広告効果を会社にプレゼンした吉岡が、F M局KIWIの電波が、江ノ島まで届いているところをクライアントに見てもらおうという大事な日の前夜。

事件は起こります。

今夜こそは、真理子に自分の気持ちを伝えようと決心していた小杉ですが、すでにドライブの約束を取り付けていた別所が、小杉の目の前で真理子を連れ去ってしまいます。
小杉は、やりきれない気持ちを、裕子にぶつけます。
最初はいつものように明るく付き合っていた裕子ですが、小杉の「からみ酒」が度を越してくると、次第に笑顔が消えていきます。

「私帰る!」

「そんな残酷なこと言うなよ。付き合えよ。」

小杉がそう言った瞬間、ついに裕子が切れます。

「残酷なのはどっちよ!」

彼女のこの一言に、小杉はハッとします。

裕子は、小杉への想いを、ずっとひた隠しにしていました。
高校生の時に、自分の小杉への想いを真理子に伝えたせいで、真理子が小杉からの告白を断ったことを知った裕子は、親友の真理子のために、小杉を好きな気持ちを、自分の胸の中に閉じ込めたんですね。
そして、それからは、努めて明るく振る舞いながら、二人の背中を押し続けて来たわけです。

しかし、そうやってずっと押し殺してきたバリアは、小杉の無神経な一言で、完全崩壊。
抑えきれなくなった真理子は、小杉の胸に飛び込んでしまいます。
裕子の気持ちを初めて知った(鈍感すぎ)小杉は、そんな裕子を受け止めるしかありませんでした。

降り出した雨は、やがて雷雨に・・

二人が、KIWIのスタジオで、キスをしようとしているまさに瞬間。
ドアが開くと、そこにはずぶ濡れの真理子が立っていました。
別所に、小杉に対する自分の本当の気持ちを告げた真理子は、別所に侘び、こう言い残して、このスタジオに戻ってきたのです

「この次は自分が告白する番ですよね。」

二人を見た真里子は言葉を失います。
そして、土砂降りの雨の中、彼女は飛び出していきますが、小杉はそれを追うことができません。
スタジオに残された小杉と裕子。



「ちゃんと今夜中に説明するのよ。これは誤解。誤解なの!」

そう言って、土砂降りの雨の中、出て行こうとする裕子が、最後に一瞬小杉に振り返るのですが、その表情のなんと切なく、なんと意地らしいことよ。絶妙な表現力でした。
この表情一発で、この映画の全てを物語ってしまったと言っても、言い過ぎにはならないと思いますね。
それくらい素晴らしい松下由樹の演技でした。
脚本の一色伸幸も、ここにセリフはいらないと判断したはず。

小杉は、真理子の自宅に電話をします。
しかし、「明日は大事な日だから」とその電話を切ってしまう真理子。
受話器をガチャリと置いた瞬間に、流れてくるのがユーミンの「SWEET DREAMS」。


この電話が最後かもしれない
他人事に思える
涙だけあふれて

まるでこのシーンのために書かれたとしか思えないユーミンの絶妙な歌詞が、このシーンに化学反応を起こします。

そして、カットバックで、挿入されるのが、豪雨の浜辺で、大粒の涙をこぼして、座り込んで泣いている裕子。
前作「彼女が水着に着がえたら」で、決定的に足りなかった部分を、取り戻してなお余りある、松下由樹の殊勲賞に値する名演でした。

真理子に電話を切られた小杉は、裕子に言われた通りに、車を走らせて真理子の家の前まで来ますが、結局玄関のチャイムは押せません。

さあ、ミニFM局KIWIの運命のかかった翌日は、果たしてどうなるのか。
そして、本作の大円団は・・

ここまで、ネタバレさせておいてなんなんですが、この先は是非、本編をご覧になってお確かめください。
DVD、Blu-rayが今なら発売されています。

⚪︎ そして再び・・

映画はラストで、1991年へ。つまり本作が公開された時点での「現代」に戻ります。
そして、画面は再び、モノクロへ。
相変わらず停車感覚ゼロの裕子が、愛車をビーチの柵にぶつけて、別所、小杉、芹沢と合流。
そして、もう一人、別所が真理子の結婚式場でナンパして来た女性がいます。
女には興味のなかったはずの芹沢が、この女性を口説き出すあたりに、9年の時代の流れが象徴されます。
4人が歩いていく浜辺は、1982年当時の湘南海岸に見立てた千葉県の千倉海岸。
クレーンショットで遠ざかっていく4人を俯瞰するラストで、再び画面はカラーへ。

その水平線のはるか先で、狂乱にうつつを抜かした我が国のバブルが、音を立てて弾けました。

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