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第13作「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」1974年松竹

第13作「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」1974年松竹

さて、第13作です。

本作のマドンナは、第9作「柴又慕情」に引き続き、吉永小百合。
寅さんシリーズには、複数回登場のマドンナが、合計7人います。
ざっと紹介すると、まず浅丘ルリ子が松岡リリー役の6回で、ダントツのトップ。
後藤久美子も、及川泉役で6回登場していますが、彼女は寅さんではなく、満男のマドンナでした。
寅さんのマドンナで言えば、続くのは竹下景子で、彼女の場合は、それぞれの作品で違うマドンナを演じましたが合計3回。
以下、栗原小巻、松坂慶子、大原麗子も、それぞれ違うマドンナ役で2回ずつ。
そして、吉永小百合です。
彼女が、本作で演じたのは前作と同じ歌子役で2回ということになります。
ちなみに、主演の渥美清が亡くなったことで実現しませんでしたが、第49作目になる予定だった「男はつらいよ 寅次郎花へんろ」では、マドンナに田中裕子を考えていたようで、これが実現していたら、彼女も2回目のマドンナでした。
そんなわけで、吉永小百合が本作で演じた歌子は、そんな複数回登場マドンナたちとしては、トップバッター。
前作で、歌子の友人役で登場した2人(高橋基子、泉洋子)も、同じ役でスライド出演。(セリフはなし)
彼女の父親、高見修吉を演じた宮口精二もキャスティングされており、本作では前回よりも、この父親役にスポットが当たっていましたね。
吉永小百合は、本作公開時29歳になっていましたが、特筆すべきトピックとしては、この前年に、15歳年上のテレビ・プロデューサー岡田太郎氏と電撃結婚をしており、前作では独身だった彼女が、本作では人妻となって、この役を演じています。
ちなみに、本作には準マドンナとして、寅が結婚まで考えた島根県の窯場で働く絹代という女性が登場します。
絹代を演じたのは、高田敏江。
この人は、僕ら世代のテレビっ子には忘れられない顔で、TBSドラマ「チャコちゃん」シリーズで、チャコちゃんのお母さん役を演じていた人ですね。
本作のポスターのキャッチコピー。
「兄ちゃんは恋をしたんじねぇ。ただあの人が幸せになればいい。そう願っただけよ。」
しかし、本作では、シリーズでは初めてとなるダブル失恋。
岡惚れ寅さんの恋愛は、今回も絶好調でした。

さて、冒頭の夢のシーン。
これはもう定番になってきましたが、今回は特に映画チックな設定もなく至ってオーソドックスでした。
寅が嫁を連れて帰ってきたら、おいちゃんとおばちゃんは、流行病で、すでにこの世の人ではなく、その墓の前で、寅がヨヨと泣き崩れるというショート・ストーリー。
いつもなら、夢の中で悪役を演じている吉田義男が、今回は、寅が目覚めた柴又へ向かう京成電鉄金町線の中で、隣に座っていましたね。
ちなみに、その反対側に座っていたケバい老婆役の武智豊子は、ドラマ版「男はつらいよ」では、寅の実母役をやっていた人です。
アバンタイトルとしては、ちょっとした変化球。


映画本編は、いつも通り、寅が久しぶりに柴又へ帰ってくるところからスタート。
今回の寅は、いつになく上機嫌です。
とらやの面々への土産も豪華。
寅が身を寄せていたという島根県温泉津(ゆのつ)温泉の女将が持たせてくれたという海産物の干物がドッサリ。
「そこで何してたの」という一堂の質問に答えて、お馴染み「寅のアリア」が始まります。


そしてその話の中に、思わせぶりに登場する「お絹さん」という女性。
とらやの面々は顔を見合わせます。
さくらがお絹さんについて、寅に尋ねると語尾を濁す寅。
この女性となにかあったかと、一同は興味津々。
しかし肝心の寅は、疲れたから一休みすると、2階へ上がっていこうとします。そして一言。
「あっ、さくら。博も呼んどいてくれ。後で大事な発表があるし。」
さあ大変。
とらやの面々は、これはついに寅が結婚を決意したのだと色めき立ちます。
噂は、たちまち柴又界隈に広がり、盛り上がるおいちゃんたち。
しかしその夜、寅からの「重大発表」には、一堂が期待した具体的な話は何もなく、妄想先行のいつもの寅の「岡惚れ」と判明。
それを突っ込まれて面白くない寅と、たちまち大喧嘩になってしまいます。
結局、寅が思いを寄せる、そのお絹さんという女性に、さくらが会いに行くということで話は決着。
大阪に出張の用事があるというタコ社長が、それに同行することになります。

山陰本線の温泉津(ゆのつ)駅に到着すると、お絹の働くという窯場へ直行する三人。
寅が声をかけると、笑顔で駆け寄ってくる絹代。
しかし、開口一番彼女から衝撃の報告が。
なんと、蒸発してたという亭主が、寅が柴又に帰っている間に戻ってきたと言うのです。
しかも、これからは、心を入れ替えて働くとのこと。
これには、一同言葉も出ません。


ここに、悲しくもシリーズ過去最短での、寅の失恋が決定。

その夜は、タコ社長を引き回して、やけ酒をあおる寅ですが、翌朝になると、まだ寝ているさくらに置き手紙を残したまま、一足先に旅に出てしまいます。
映画はまだ前半ですが、失恋した後の寅の定番ルーティンは変わりません。
温泉津駅で電車待ちをする、さくらと社長。
近くの中学校(高校?)の校庭でマーチを練習するブラスバンド部を、さくらがしみじみと眺めるシーンがあるのですが、これを映画的にどう理解するか。
演出意図をしばらく考えてみたのですが、ここは早くも失恋をしてしまった寅へのエールだと受け止めることにします。

温泉津(ゆのつ)から、バイをしながら、山陰路を西へ移動する寅。
津和野の蕎麦屋すさやで、一人蕎麦を啜っていると、そこで寅は、懐かしい女性とバッタリ出会います。
図書館職員として、その店にポスターを貼らせにもらいに来た女性の声に振り返った寅。
それは、二年前に、彼氏の暮らす愛知県の多治見に嫁いでいたはずの歌子でした。

思いもかけない寅との再会に、泣き出してしまう歌子。
しかし、その涙の裏には、その後の彼女の、決して幸せではない暮らしがありました。
ちなみに、このすさやの女将が「谷よしの」でした。


彼女とは、前作は会えなかったので、今回はその顔が見れて一安心。
さて、歌子は、ポツリポツリと、結婚後の経緯を寅に語り始めます。
彼女の夫は、重い病気で去年亡くなっていること。
ここ津和野は、夫の実家で、その療養のために、引っ越してきていること。
夫が亡くなった後は、色々なしがらみがあり、そのまま、その実家に住んでいること。
そして、寅にそれを語ることはありませんが、実家の暮らしは、彼女にとって、決して幸福な暮らしではないということ。
そんな彼女の「心の声」を敏感に察する寅ですが、それを言葉にすることは出来ません。

「歌子ちゃん。今幸せかい?」

思わずそう尋ねる寅に、彼女は頷きますが、その目は・・

「もし何かあったら葛飾柴又のとらやに尋ねていきな。悪いようにはしねえから。」

寅は、歌子にそういうのが精一杯でした。
寅の乗ったバスに、いつまでも手を振る歌子の姿に、後髪を引かれまくりながら、寅は柴又へ帰ります。

さあ、本作二回目の恋愛モードにスイッチが入ってしまった寅。
津和野での歌子との再会の経緯を、とらやの面々に伝えますが、もちろんいつもの寅ではありません。
柴又に戻ってきても、歌子への思いでゲッソリの「恋やつれ」状態。
もちろん、さくらたちも、歌子のことはしっかり記憶にあるので、寅の事情は飲み込めます。
思いを寄せた人に、どうすることもできない時に、寅に出来ることは、ひたすら「落ち込むこと」だけ。
税金やつれのタコ社長。
労働やつれの博。
団子やつれのおいちゃん、おばちゃん。
そして、寅やつれのさくらが、恋やつれの寅はまだ上等だと笑い合いますが、そんな軽口が耳に入ってしまうと、寅はたちまちヘソを曲げてしまいます。
カバンを下げて二階から下りてくると、一堂に啖呵を切って出て行こうとするのはいつもの展開。
こうなれば、間違いなくこのタイミングで、マドンナの登場となるのは、このシリーズの鉄板の「笑いどころ」として、学習済み。
今か今かと構えていると、今回はそこで、とらやの電話がなりました。
もちろんそれは歌子から。
津和野を出て、東京に戻る決心をした歌子は、父親の住む実家ではなく、とらやのある柴又へ足を向けていました。
「恋やつれ」から、たちまち「有頂天モード」にスイッチが切り替わる寅。
その夜は、歌子を囲んで、とらやでは歓迎の夕餉です。


上機嫌の寅は、いい調子に酔っ払って、歌子の隣でコックリコックリ。
最初はギクシャクしていた会話でしたが、おばちゃんが前作の時の記念写真を取り出してくると、一気に場は盛り上がります。
山田監督は、女優吉永小百合に、前作同様、ここでまた「堪えきれずに吹き出す」という芝居を要求。
前作では、ここから寅と歌子の距離が一気に縮まったという重要なシーンでしたが、今回は、そんな歌子を見て、寅がそっと涙ぐむという展開。
「愛する人の幸福を心から願う」
これぞ、男車寅次郎の「愛のカタチ」です。
このシーンには、そんな寅の、歌子に対する気持ちが見事に凝縮されていました。

歌子はそのまま、とらやの好意に甘え、2階に下宿することになります。
寅と江戸川で川遊びをしたり、短大時代からの友人みどりやマリと会ったりしながら、東京で「生きがいのある仕事」を見つけるため、就職活動を始める歌子。
そんな中、心中思うところのあるさくらは、歌子の父親・高見修吉を訪ねていきます。
一人娘の歌子が、今は東京に戻って来ていて、柴又のとらやにいるということを修吉に伝えるさくら。
微妙な表情の修吉でしたが、さくらが家を後にして駅に向かって歩き出そうとすると、突然家の中から走り出してきます。
「駅まで送る」という修吉は、相変わらず何も語ることはないのですが、その修吉の様子に、さくらは何かを感じます。
このシーンは、本作のクライマックスの重要な伏線になっていますね。

アパートの部屋でさくらは、そのことを博に報告。
この親子は、会いさえすればきっと・・そう話し合う博とさくら。
とらやでは、お世話になっているお礼にと、歌子が一同に手作りのハンバーグをふるまいます。
食後は、青山で買ってきたというケーキ。
団欒のひと時は、「幸せ談義」です。
「人はお金がなくても幸せになれるか」
こういう話題をまとめるのは、いつも博の役回り。
歌子がいるだけで幸せな寅は、終始上機嫌。
財布には、いつも五百円札しか入っていない寅は、一同にからかわれますが、歌子がいればヘソを曲げることもありません。

「私は幸せよ。寅さんみたいな『友達』がいて。」

愛しの人に『友達』などと言われてしまうと、普通の男は落ち込むものですが、寅はそれでもやに下がりっぱなし。
温泉津の絹代から届いた近況報告への返事を、歌子に代筆してもらう寅ですが、さくらと博のアパートに、歌子だけが「お呼ばれ」で連れて行かれてしまうと、寅はたちまちぶんむくれです。
この展開は、前回の「柴又慕情」にもありましたね。
「生きがいのある仕事」について真剣に語る歌子の思いを聞きながら、二人はなんとか彼女が、父修吉との関係を修復出来ないかを探ります。
「父にも相談しようと思っている。」
歌子の口からそれが出ると、ほっとしたように顔を見合わせる博とさくら。
ところが・・・

翌日、さくらのアパートに、寅から電話が入ります。
(それまでは、大家宅での呼び出し電話でしたが、本作ではちゃんと部屋に電話が引いてありました)
それは、なんと歌子の父親高見修吉の家からでした。


さくらたちの苦労も知らずに、「あの頑固親父に、一発ぶちかましてやろう」と乗り込んだ寅は、待たされている間に、修吉のナポレオンを空けてしまい、すでに酔いが回っています。
酔った勢いで、修吉に向かって、「私が悪うございましたと、歌子ちゃんに、両手をついて謝れ」と迫る寅ですが、「謝るのは歌子の方だ」と譲らない修吉。
ケツをまくって出てきた寅は、今度はとらやでも大喧嘩です。
歌子が、せっかく修吉に合う気になっていたのに、なにもかもぶち壊してきてしまった寅に、珍しくさくらも語気を荒げます。
なんでそんなに自分が責められなければいけないのかが飲み込めない寅も荒れまくり。

「お兄ちゃんは、本気で歌子さんの幸せ考えてないわね。歌子さんにいつまでもウチにいてもらいたいというのはお兄ちゃな気持ちでしょ。それではお兄ちゃんが、幸せなだけじゃない。」

最後は、さくらに痛いところを突かれて、言葉をなくす寅。
そこへ、先ほどまで寅の訪問を受けていた高見修吉が突然現れます。
さあ、いよいよ本作のクライマックス。
歌子が風呂屋から戻るまで、待たせてもらうという修吉は、おいちゃんに勧められても座敷に上がろうとはしません。
とらやの空気がガラリとかわります。
そこに、歌子が戻ってきますが、中で座っている修吉を見て彼女は言葉を失います。
歌子の顔をまともに見れない修吉は、お金の入った封筒と、身の回りのものを包んだ風呂敷を手渡すと、そのまま帰ろうとしますが、歌子はそんな父に向かって万感の思いを込めていいます。


「おとうさん。長い間心配をかけてごめんなさい。」

それを聞いた修吉の中で、娘との間に知らずに築いてしまっていた壁がガラガラと崩れ落ちます。

「いや、なにも君が謝ることはない。謝るのは、たぶん私の方だろう。私は・・」

自分の信じる道をまっすぐに進む娘を、はじめて心から認める父親の姿を見て、歌子の目にも大粒の涙。
寅たちも必死に涙を堪えます。
前作から引き続いていた親娘のわだかまりが、みごとに氷解した名場面でした。
宮口精二といえば、「七人の侍」の寡黙な剣士久蔵のカッコよさにシビれたものですが、本作の修吉役も深く胸に刻みこまれましたね。

さて、修吉と和解した歌子は、実家に戻ることになります。
「抜け殻」のようになってしまった寅は、もう柴又にいる気もありません。
それでも、歌子が気になる寅は、多摩川に花火が上がる夜、歌子が戻った実家を訪ねます。
修吉は不在でしたが、浴衣姿の歌子は、「友達」寅の訪問に満面の笑顔。
大島にある障害者施設への就職を決めたという歌子を、寅は寂しげに見つめます。
庭先に下りて、花火を見上げる歌子。
寅はそんな歌子に向かってポツリと一言。

「浴衣綺麗だねえ。」

これが、車寅次郎にとっては精一杯の愛の言葉でした。
けれど、その言葉は、花火の音にかき消されて、歌子の耳には届きません。


かくして、シリーズ13回目の失恋が、悲しくも成立です。
いや、もしかしたら、これは親娘の和解のシーンで、すでに成立していたかもしれません。
今回は、恋敵に屈した失恋ではありませんでしたが、「引き時」をちゃんと心得ているのも寅次郎。
庭先で花火を楽しむとらやの面々とは、顔を合わせないように旅に出ようとする寅。
気がついたさくらに引き止められます。
いろいろと迷惑をかけたことを詫びる寅ですが、さくらは言います。

「誰もそんなふうに思ってやしないわよ。ほんとよ。お兄ちゃんがいないと、みんな、黙ってテレビ見ながら、ご飯食べて、それじゃおやすみなさいって寝るだけなの。」


しかし、「そんな風に思われているウチが花よ。」と、さくらに微笑んで、とらやを後にする寅。
おいちゃんたちは、その後ろ姿を見送ることはありませんでした。
(ちなみに、松村達雄の二代目おいちゃんは、このシーンが最後の出演となりました。)

夏のある日、とらやには修吉が訪ねています。
そこには、大島の障害児施設藤倉学園(実在します)で働き始めた歌子からの便りが。

「でも、よくお許しになりましたね。大事なお嬢さんを、あんな遠いところに。」

おばちゃんが、かき氷を出しながら、そういうと修吉は目を細めます。

「いやあ。私は止めたんですが。言うことを聞くような奴じゃありませんから。なにしろ、頑固なところは・・」

その頃寅は、再び訪れた島根県の海岸で、絹代たち一家と再会しています。

山田監督の話によれば、本作の後日談をとして、同じ歌子役で、平成の時代になってから3度目の吉永小百合起用を企画していたそうです。
しかし、これは残念ながら実現はしませんでした。
吉永小百合が、歌子のイメージが定着することを嫌ったことがその理由だったようですが、渥美清死後のインタビューでは、「断るべきではなかった。」と後悔の念を、山田監督に述べていましたね。
前作「柴又慕情」と本作を通じで、山田監督が描きたかったのは、歌子の「自立」と「幸福探し」。
結局、本作における寅次郎にとっての恋敵は、他ならぬ歌子自身だったのかもしれません。

さて、次回第14作目は、「男はつらいよ 寅次郎子守唄」です。

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