スーパー
いつもと同じスーパー。
郊外にありそうな小規模の、といってはイメージとして単調かもしれない。
腰の曲がったおばあちゃんでも回り切れそうな広さの。
(もしかしたらシニアに人気の衣料量販店は併設していそうだと推測するくらいの。)
オレンジ、黄、白熱灯の光。
メリハリがなくただ明るい空間。
色味だけならアメリカの画家のキャッチーで印象的な絵を思い出す。
野菜売り場と魚売り場は見栄えのためか蛍光灯の真っ白な光にさらされているが、それがまた病的に見える。
白に追いつめられた緑と青。
卵売り場のそばで私は彼と話した。
近づいてきてくれるそぶりがあったから、商品を選ぶふりをして待った。
買う予定もない卵を一心に見つめて。
彼は共通の知り合いがそこにいたよ、ということを教えてくれた。
うんうんとうなずく。
内容はどうでも良かった。
シグナルをかわし合うためだけの会話。
そつのない洋服、くせのない少し甘い顔立ち。
斜め上からの光に照らされて、背の高い彼の左半分だけが明るく見えた。
ぱっとしない照明の中、私たちは深夜のスーパーで会ったように見える。
買い物を終えると私はどのレジに並ぶかを迷った。
何もなければ出口に近いレジに並ぶけれど、さっき彼が教えてくれた見知った顔があったから。
彼らはいちゃいちゃしていた。
顔をしかめるほどでない、ささやかな。
とっさに話しかけて明るく会話ができるほど私は社交的でもない。
だから別のレジに並んだ。
記憶からは追い出してもう思い出さなかった。
店から出ると、前を足早に歩いていた男性の買い物カゴからほうれん草が落ちた。
駐車場の真ん中。
男性は気づかない。
ちょうど出てきたお兄さん従業員が気づいて男性に声をかけた。
男性は振り返りまず笑顔を見せると、ちょうど私たちと男性との半分の距離に落ちていたほうれん草に近づき、それを拾って従業員とほぼ同じ場所にいた私に渡してきた。
はりつけた笑顔にためらうそぶりはなかった。
紺色のジャケットに同色のワイシャツ。
ベージュのチノパン。茶色の革靴。
誰のほうれん草なのか、私が誰であるかすら男性には興味がないようだった。
ほうれん草を受け取ったのが私であることに従業員も疑問をもたない。
それよりも律儀に返金しようと思ったのか「メニュー表があれば…」みたいなことを言った。
トレンチコートのポケットに手を入れてみる。私はなぜかそれを持っていた。
A4サイズを三つ折りにした、よくある型のもの。
それは確かにこのお店の電子パンフレットだったけれど、彼らが想像したメニュー表とは少し違ったようだ。
お兄さんはあまり顔に出さずに、男性は「んっ?」という顔をした。
私が持っていたのはどうやらプロトタイプのようだ。
野菜や肉、魚などライトブルーのピクトグラムがメインメニューに並ぶ。
3種類のタブは、なぜか1つだけ有効になっておらず押せなかった。
何度も押すが反応はない。
細長い駐車場。
疑いもせず二人はそのタブを見つめている。
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