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(6)嗅ぎたい危険の恋【いまだすべての恋が思い出にならない】

はあちゅうさんの新刊「いつかすべての恋が思い出になる」(2/24角川文庫より発売中!)の表紙アイテムを、いまだすべての恋が思い出になっていない私が代表を務めるshyflowerprojectが手がけさせていただきました。

これを機に、すべての恋を思い出にしていくために、一旦思い起こせる限りのすべての恋と向き合ってみる連載をはじめました。長短、濃薄、ひどいやつ、かわいいやつ、様々な種類の恋を、眺めてってください。
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嗅ぎたい危険の恋**


ないものねだりで好きになった。

当時私は、従順で育ちのいい、執事のような子供っぽい彼氏と付き合っており、絶対に私を嫌いにならないであろう、言うなれば「安全な」その交際に飽きていた。(「勾配の恋」の彼)

そんななか、安全とは正反対の「危険」そのものに見える大人な彼に惹かれた。背中まである整わないパーマをかけた長髪は左半分金色で、右半分黒色だった。180cm以上でガタイのいい体に、大きめの服、おおぶりのアクセサリーやチェーンを身につけ、当時19歳の私からすると彼の世界観は立ち入り禁止と書かれた触れてはいけない場所のようで、つまらない毎日を180度変えてくれそうな、冒険の匂いがしたのだと思う。

同じ軽音楽部で、彼は先輩だった。
爆音鳴り響く文化祭のライブ会場で突然、接近した。

「これ、おすすめ」と聞いたことのないロカビリーバンドのMD(!)を渡された。部員が演奏しているすぐ隣の教室で「え?聞こえないです」と近づきながらそれを受け取った。

1週間後には彼のスポーツカー(しかも赤い!危険!ワイルド!と思ったよ)でドライブをするようになる。

毎日のように車内で過ごし、最後まではいかないまでもいい感じになっていた頃、安全な彼氏に別れたいとメールをして、次の夜会って別れた。大学生なのであえてのキスマークがつきまくっていたまま別れを告げる私の首を何度も見ながら安全彼氏は、うなだれて、泣きそうに歪んだ口をつぐみながら、承諾した。

そうして交際をはじめた大人で危険な彼とは早い段階で、小さな言い争いを繰り返すようになった。蓋を開ければお互い子供だった。それぞれが嫉妬や自信のなさや不安を抱えていて、そのイラつきからぶつかっていたんだと思う。心が離れるほど、セックスはなんというか…興味本位なことを片っ端から試すyoutuberみたいな場になっており(おかしな例えだが間違ってはいない)色々な場所で色々な事をした。愛し合う為の行為ではなかったと思う。欲は満たされるが気持ちは満たされない、そんな事を繰り返す度に私は自分を好きではなくなっていった。

一緒にいた期間は7.8ヶ月だったと思う。
その間何度か数日別れるなど繰り返しながらも、セフレのようなその関係が完全に終わる事はなかった。途中、そんな危うい関係であったにもかかわらず、彼は私と部活外で本格的なバンドを組むことにした。

私以外はとても技術のあるメンバーが集められ、名古屋から東京にも遠征に行った。CDも作った。自分たちでイベントも企画した。でもそれは、音楽的才能のある彼が、私の音楽能力を買ったというより、恋愛相手としての私をつなぎとめたかっただけだったと思う。バンド練習時間分彼によるわたしの所有時間は増えたけど、音楽が絡み、さらに上手くいかない事や悔しさにいじける彼を知る機会が増えた分、わたしの気持ちの中で彼を思う時間はどんどん減っていった。

すればするほど自分を嫌いになるセックスをすることは、自傷行為に近い。
わざと無駄な日々を過ごしわざと自分を価値のない方へ押しやって谷に突き落とそうとする救いようのない日々。だけどゆるやかに自分を痛めつけるその全部まるごとが、どこかで、気持ちよかったのかもしれない。

そして、この恋自体もはじめから、それに近かった。
毎日安全で満たされた、つやつやの顔をする大学生がバックパックで緊張しながらインドを旅したいあの感じ。性器の摩擦で自分を消耗し、傷さえも経験と笑える、暇つぶしを冒険と慈しめる年頃。

わたしの場合それがエスカレートしてさらなる痛みを求めるようになる。暇つぶしの果て手首を切るようになった頃、あたらしい恋がはじまってしまった。

次につづく…



(バナー写真:表紙写真より 撮影キムヤンスさん)

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