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愛し合おう あなたの心が痛むほどに

数日前、近所の独居老人が自宅内において腐乱死体で発見されました。

すぐに警察官や市役所職員、放射能防護服のようなものを着た「特殊清掃員」がやって来て事件現場は一時騒然。真夏の暑い盛りに、何日間も放置されていた遺体がどんな酷い状態だったのかは、市役所職員の「今にも吐きそうな苦悶の表情」を見ればだいたい想像がつきます。

そもそも、ガスマスクと殺虫剤を装備した防護服の人たちが呼ばれた時点で「とんでもなく腐敗しているんだろうな」というのがハッキリと分かりますね。

人通りがなくなった時刻を見計らったのか、ようやく夜の8時ごろになって魚屋のような生臭いニオイを周囲に発散しながら遺体の運び出しが行われました。黒い遺体収納袋を見たのは東日本大震災以来ですが、こうなるともう「遺体」と言うよりは「放射性廃棄物」並みの取り扱いに見えてしまいます。

それにしても、仕事とは言え、あれほどの臭気を発する物体を運び出せる特殊清掃員の度胸には本当に頭が下がりますね。

特殊清掃員の活躍を描いた漫画作品

事件の発覚に伴い、近隣住民に対する警察の事情聴取も行われ、比較的この老人と親しかった私は一番長い時間拘束され、警察に話を聞かれることになってしまったのです。

親しいと言っても、散歩ですれ違う時に挨拶したり、軽い世間話をしたりする程度の浅い関係なんですが、それでもこの老人にとっては「かなり親しい部類の相手」に該当するらしいのです。

私にとっては「顔見知りの一人」に過ぎない相手だったんですが、この老人にとっては「ときどき会話ができる貴重な存在」だったのかもしれませんね。

「最後に彼を見たのはいつですか?」「最近、どんな様子でしたか?」「彼は何か持病を持っていましたか?」などなど、私の神経が擦り切れるまで根掘り葉掘り聞かれてしまいました。

もしちょっとでも事件性があると判断されれば、この腐乱死体を「行政解剖(他殺が疑われる場合は司法解剖)」に回さなくてはなりませんので警察も必死です。できれば警察も「自然死」で決着させたいんだろうな・・・という雰囲気だけは会話のニュアンスから伝わって来ます。

私もこの温厚な老人が凶悪事件に巻き込まれたとは思えませんので、「最近、ずっとダルそうにしてましたね」という感じで警察官の話の流れに合わせることにしました。

なんかもう・・・最近は警察がらみの事件に巻き込まれることがやたらと多いスイレン先生ですね(この1年間で3回目)。

実は、この老人は去年の8月にも一度行方不明になったことがあります。2023年8月、家の窓がすべて開けっぱなしなのに、郵便受けが山のようにたまっている「不在状態」になったのです。

「これはおじいさんの身に何かあったかも」と感じた私は、すぐに市役所や地域の区長さんへ通報し、彼の所在確認をしてもらうようにお願いしました(私は彼の電話番号を知りません)。

ところが、市役所の初動はやたらと遅く、途中で2度ほど「その後はどうなりましたか?」と催促の電話をしたほどです。なんでこんなにヤル気ないんですかね? 地方公務員にとっては、自分と無関係の年寄り一人が生きようが死のうが知ったこっちゃないとでも言うのでしょうか?
そんなジリジリとした焦りを感じる日々の中、最初の通報から10日ほど経って、ようやく私のところに経過説明の電話がかかってきました。

それによると、どうやらその老人は外出先で意識を失い救急車で運ばれたらしく、今はどこかの病院に入院しているということでした。「お見舞いに行きたいのでどこの病院ですか?」と聞いたのですが、市役所の人は「個人情報ですので一切お答えできません」の一点張り。

「いつか家に戻って来られるんですか?」
「お答えできません」
「命にかかわる病気なんでしょうか?」
「お答えできません」

何だこの会話? おじいさんはスパイ容疑をかけられている国家反逆罪容疑者か何かですか?

「じゃあ、開けっ放しの家の窓はどうしますか?台風が来たら大変ですよ」と質問すると「今、親族の方に連絡を取ろうとしていますが、まだ誰にも連絡がつかないので今後の対応は未定です」という驚くべき答えが返って来たのです。

「じゃあ、私が閉めに行きますよ」と言ったのですが「それは不法侵入になるのでやめてください」という意外な回答。事情が分かっているのに不法侵入って・・・・。とにかく「これ以上トラブルを大きくしたくないので、この件に部外者が口を出さないでください」という圧力をヒシヒシと感じました。

結局、すったもんだの末に「市役所の職員が本人の許可を取って窓を閉めに来る」ということに落ち着いたのですが、本当に役所ってのは融通が利きませんね(笑)。

しかも、市役所の職員が家の窓を閉めに来たのは、私の通報から1か月近くも経ってからでした。「あ~もう、面倒くさいな」と思って問題を先送りにしていたのは明らかです。

本人たちは慎重に「自分の業務査定が下がる危険性のあるトラブルを回避したつもり」なんでしょうが、運命学的カルマ論から言えば「そんなあなたの冷酷非道な振る舞いは、神様がちゃんと見てますよ」ということになります。満額の退職金と引き換えに、彼らは人間として大きなモノを失ってしまっているのではないでしょうか?

さて、その老人は行方不明になってから2か月ほどしてようやく家に戻って来たのですが、すっかり痩せ細っていて、かなり体調が悪いのが分かります。さすがに本人に直接「何の病気だったんですか?」とは聞けないので、地域の民生委員さんのほうに相談して「生存確認のために時々様子を見に来てもらう」ということで話がまとまりました。

別に、この老人とはそこまでするほどの親しい間柄ではないんですが、自分としては「人間として正しいことをやらなければいけない」という思いがあったんですね。

この一連のトラブルで判明したのですが、老人には「身寄りが一人もいない」ということでした。

役所が必死に連絡を取ろうとしていた親族とやらも、最後の最後まで電話が通じなかったそうなので、もうすでに亡くなっているのか、あるいはこの老人と何らかのトラブルがあって縁が切れてしまっているのか・・・。

いずれにしても、お見舞いに来る人も、窓を閉めに来る人も、万が一の際に遺体を引き取ってくれる身内すらも全くいない「孤立無援の状態」ということなのです。

私が今の場所に引っ越してきたのが3年前なので、彼がずっと独身だったのか、それとも途中で奥さんと死別したのかは分かりませんが、今の彼は文字通り「天涯孤独の身」なのです。

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