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|short stories|ちいさな物語

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森と、王国と、仔鹿と、蝶と。いつかどこかの、ちいさなちいさな物語。
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記事一覧

|short story|蝶の羽ばたき

「眠っているの?」仔鹿は訊く。 「長い長い夢を見ている」 女の子の鼻先にとまりゆっくりと羽を開いたり閉じたりしながら蝶は言う。 「高い山の頂で銀色の剣を手にしたところだ」 「冒険しているのだね」 傍に座って仔鹿は目を輝かせる。 蝶の羽ばたきにあわせ瞼の向こうで女の子の瞳が動く。 「いつか目を覚ますの?」仔鹿は訊く。 「そう遠くない。でもその時には君はもう仔鹿ではなくなってしまう。だから今は仔鹿の君を目一杯楽しむといい」 蝶が言うのだからきっとそうなのだろう、仔

|short story|一万年の時間

仔鹿の鼻先にとまって蝶は言った。 「蛹の中で一万年の時間を体験する。 僕はたくさんの僕になり、僕は僕でなくなる。 僕がすっかり溶けて消えた時 光の筋から世界は捲れていった」 仔鹿は蝶がまだ芋虫だった頃のことを覚えていた。 そして、蝶の羽ばたきを見る内にすっかり忘れてしまった。

|short story|北の風と西の風

「教えてあげましょう」 西の風は言う。 「気づくまでそっとしておこう」 北の風は言う。 「薔薇は最初から薔薇なのだから。大丈夫」 「冷たいようで、やっぱりやさしい」西の風は言う。 北の風は遠くを見たまま表情を変えない。 西の風はひとりくすりと微笑んだ。

|short story|覚えている

「全部忘れてしまいたい」 少年は泣いた。 「忘れてしまったら見つけられなくなる」 老人はそう言った。 何度も何度も生まれ変わってそのすべてを知り そのすべてにあったかなしみさえも忘れずにいる そんなふたつの瞳が 「覚えていたから見つけられた」 そう言った。

|short story|はじまりの雲

曇り空の下、不安げな旅人に森の仔鹿は言った。 「おわりゆくことの雲は消えてゆく水」 「はじまりゆくことの雲はやってくる風」 旅人は空を見上げ、たくさんの雲を見つめる。 きっとはじまりの雲を見つけたのだろう、彼はまた歩き出した。

|short story|眠る星

「どこへゆくの?」 女の子は訊く。 「世界の果てだよ。星たちを眠りから覚ますんだ」 しわしわの顔に光る、小さな男の子の瞳が言う。 「星って何?」 女の子は知らない。星たちが眠ってから随分経ったのだ。 「もうじきわかる」 老人はそう言ってにこりと微笑み、先を急ぐ。

|short story|約束

「君はぼくが出来もしない約束をしたと思っている。 だけど、ぼくが魔法使いだってこと 君に教えるわけにはいかないんだ。 それは君が見つけること。 いつもそばにいる。それはほんとうのこと。 でも君が見つけないといけない。 ぼくが教えたら終わってしまうんだよ」

|short story|遠い遠いむかしの夢 遠い遠いみらいの夢

記憶という名前の夢 予感という名前の夢 遠い遠いむかしの夢 遠い遠いみらいの夢 記憶と 予感は ひとつ なつかしさと あたらしさは ひとつ 同じことだった 記憶という名前の夢 予感という名前の夢 遠い遠いむかしの夢 遠い遠いみらいの夢

|short story|ひかりと少女

深い 深い 紺色の 闇夜 ひかりは おりて おりて おりて 透明な 川のほとり 透明な 水を宿す少女 おりて おりて 少女へ おりて 少女へ 溶けて 少女は 内から ひかりだす 透明な水が 必要だった ひかりは言う 少女には聞こえない けれど ひかるからだを みつめ わかっている 外套を羽織るから 大丈夫 わかるひとにだけ みせましょう 少女は言う ひかりはうなずく うなずいたこと 少女にはわかる はじめての家を 見つけたひかり はじめての

|short story|やさしい土と湖のエルサ

ぬかるんだ湖畔 裸足のまま立つ エルサは泣き続ける 霧は濃く 幕のように 降ろされた 舟は行ってしまった もう戻ってこない 涙の粒 落下しながら おおきくなる りんごぐらいの おおきさになって ぬかるんだ土に しみこんでゆく 北の風は言う 土はあたたかいと エルサは言う だからなんだというの? もう行ってしまったのだから! 北の風は言う 土はあたたかいと 仕方なく足下に目をやる あたたかな土 りんごの涙 ぼとぼとと落ちてゆく ぬかるみつづける土 埋もれつづ

|short story|北の風 西の扉

あそこにはもう誰も残っていない 大人たちはそう言って けれど少年は気にしなかった そうかもしれない でも そうでもかまわない それでもやっぱり あそこへゆくんだ 街は空っぽ みんな行ってしまった もう誰も残っていない 牛や馬や 犬や猫も 一緒に去った もう誰も残ってない それでも少年は この街が大好きで だからここに もう少しだけいられる それだけでとっても うれしかった すると突然 北の風はやってきて そっとささやいた 西の扉をひらきなさい 街の西には

|short story|ふたご の おはなし

ふたりはそっくり そっくりおなじ きみはぼくで ぼくはきみで ほんとにまったく おんなじで おんなじことを おもってて 言葉も名前も 必要なかった ある日 虹色の世界は 突然あらわれて そのころぼくたちには まだ 羽が生えていた ぼくは右から きみは左から ぐるりと飛んで一周し やがてここに戻ってきた 不思議な生き物 きれいな滝 おおきな海 ちいさな花 たくさんたくさん あまりにたくさん 見つけて ぼくはきみに 伝えたかった きみもぼくに 伝えたかった

|short story|きんいろ の ひかり

少年はひとりだった。 毎日たくさんの人に囲まれている。木々も、花々も、動物たちも、鳥たちも、すぐそこにいる。 けれどやっぱり。 少年はひとりだった。 ぼくのこころは、台所のピクルスみたいに、ガラスのびんにつめられてフタをされてしまったんだ。 少年は、そう考えた。毎日毎日、ずっとそう考えていた。すべては冷たいガラスの向こう側だった。 ほーほーほー ある夜のこと。 フクロウは三回鳴いた。 少年は寝間着のままベッドをあとにし、音をたてずに階段をおりて、扉をあけ、外へで

|short story|黄金の海

まあるい黄金色(こがねいろ)の空間の、そのまん中へ。 ペルセフォネは進んでゆく。 遠くから見るとまるで海のように、黄金色は濃淡を描きながらひとつになって、近くで見るとそのひとつひとつは、先端をゆたかに実らせている。風に揺られて、波のように、黄金色の空間は東から西へと揺れてゆく。 森の端から歩いてゆく。まん中へ、まん中へ。まあるい空間はその周囲を深い森に囲まれている。まん中へ、まん中へ。黄金の海を、泳ぐように進んでゆく。かさかさと音を立てながら、けれどまるで照らされてゆら