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|short story|やさしい土と湖のエルサ


ぬかるんだ湖畔


裸足のまま立つ
エルサは泣き続ける

霧は濃く
幕のように
降ろされた

舟は行ってしまった
もう戻ってこない

涙の粒
落下しながら
おおきくなる

りんごぐらいの
おおきさになって
ぬかるんだ土に
しみこんでゆく

北の風は言う
土はあたたかいと

エルサは言う
だからなんだというの?
もう行ってしまったのだから!

北の風は言う
土はあたたかいと

仕方なく足下に目をやる
あたたかな土
りんごの涙

ぼとぼとと落ちてゆく
ぬかるみつづける土
埋もれつづける両足

のぼりつづける水蒸気
霧となって立ちこめる

落ちつづけるりんごの涙
のぼりつづける水蒸気

幕のような霧
見えない湖面
見えない対岸

北の風は言う
土はあたたかいと

エルサは思う
ほんとうだ、あたたかい

やさしい土を
りんごの涙で
おぼれさせてはいけない

エルサは思う
ほんとうに、あたたかい

涙はいつの間にか止んでいる

土はもっとあたたかく
けれど
水蒸気はまだまだのぼって
霧はまだまだ濃くなって

幕のような霧
見えない湖面

見えない対岸
行ってしまった
もう戻ってこない

でも大丈夫
エルサは思う

やさしい土、ありがとう

ぬかるんだ湖畔
裸足のまま立って
エルサは微笑んだ

やさしい土は
最後の涙を送り出す

ほどけてゆく霧
あがってゆく幕

見えてくる湖面
見えてくる対岸

見えてくる世界

まだすこし
ぼんやりとしたまま

小舟は湖のまん中
そのひとは手をふる

行ってしまったと思ったのは
何でだったのだろう

いまとなっては
もう思い出せない

エルサも手をふる

やさしい土と北の風は
ほほえみあって

冬のはじまりに
そっと消えてゆく

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