自分自身とこの青について【創作小説】【創作大賞2024応募作】

ああ、もしかしたら私は今、あの青になれているのかもしれない。波の上で身体が弛って小さく跳ね、白い光が青を刺すしたときにそう思った。私を縛り続ける色々が輪郭を緩めて少し笑う。ぎごちなさそうに、泣き出しそうに。見上げると、この海と同じくらいの青が見える。光でさえも覆うことのできない濃くて深くて、一度吸い込まれたら戻ってくることなんて出来ないそんな青。この海がすきだ。無防備で嘘のないそんなところが、すきだ。砂浜ではローファーと鞄が持ち主の不在を伝えている。乱雑に脱げ捨てられたそれらは私の相棒。硬くて丈夫だった皮の布地が私に合わせて馴染んでいることに気付かず馴染んでいった。あいつらは賢い。その方法を心得ているから。
私も、いつか馴染めるだろうか。この青に揺蕩う心を若さゆえの勘違いだと思える日が来るのだろうか。
意識を手放す。あるかわからない未来に手を伸ばしながら。




ぽつん、ぽつん
水滴が顔に落ちているのが不愉快で眉間に力が入った。目を開けるとそこにはピンクがかった空が広がっていた。しかし、私がいるのは波の上ではなく、日の光を集めた砂の上だった。先程まで遠くにあったローファーと鞄はすぐ近くにあり、着ていた制服は乾き始めていた。起きあがろうとすると、頭に鈍痛が走る。逆らえないと思い起き上がることを諦めた。誰もいない。誰もいないはずだった。


「君、ここら辺の人間じゃないでしょ。なに、この海を事故現場にでもしにきたの?」


そんなわけはなかったみたいだ。隣にいる男は上裸に短パンという身軽さで、如何にも地元民だという風貌で隣に座っていた。今海から出たばかりなのだろうか。濡れていて、全身から潮の匂いがした。失礼だな、と思う。でも否定出来ない。


「ここまで運んできてくれたんですか?」

「もう少し遠くまでいってたら気づかなかったよ」


答えになっていない答えを聞いてありがとうございましたとぎこちなく伝える。私よりも2つ3つ年上にみえるが、正直全く分からない。黒く焼けた肌や色素の抜けた髪を持つ男の人は若くも、年相応にも見える。胸や足に付いた筋肉は、鍛え上げられたというよりは自然だ。日頃から運動や力仕事をしている人のものにみえる。じっと海を見ていた彼がいきなりこちらを見て、呆れるように鼻で笑った。


「そんなに珍しい身体してるか?」

「ごめんなさい不愉快でしたよね。癖なんです」

「変わった癖だな。治せるなら治したほうがいいよ。それは時に勘違いを生む」


君、なかなか美人だしね、そう言って笑った顔がびっくりしてしまうくらい綺麗で、やっとこの人がとても端正な顔をしていることに気づいた。こちらを注意深く、時に睨むような鋭い目、すっと顔の中心に置かれた小さい鼻、薄いピンクに色付いた薄い唇。その全てが配置よく並んでいる。こんがりとした肌と白い歯のコントラストがまた彼の魅力を引き立てている。

「それは、難しいです。小さい時から、絵を描き始めた時からの癖なので。」

絵を描くようになったのは自分の意思ではない。父が絵の講師をしていた為、筆を持てるような歳になると描くのが義務みたいになっていた。いや、父は無理に絵を描くように言ったわけじゃない。私が勝手にそう感じていただけだ。父はよく言った。「対象物をしっかりと捉えろ」私はそのうち筆を持たなくなった。たまに絵を描くことはあっても、父の指導のもとではなく自分のペースで気ままに描いた。それを父が咎めるようなことはなく、絵をみると褒めてくれた。お前らしい繊細な絵だ、と。

「君さ、さっき目が覚めた時どう思ったの」

「生きてた」

「え?」

「生きてたんだって思いました」

それ以上に思うことなんてなかった。波の上にいると現実という輪郭がだんだんとボヤけて何も考えられなくなった。恐怖は1ミリもなかった。そう、死ぬも生きるも、私にはどうでもいいことだった。


「とりあえずさ、なんか食べる?話はそれからだな」

無言で頷く。彼なら信頼してもいい気がした。私の心に寄り添ってくれているような気がしたから。海の煌めきはまだそこらじゅうにあって、損なわれることのない美しさに安心する。私はこの世界にうまく馴染めていない。未熟で、何も知らない。それでも、彼の後ろに着いて歩いていると何かが分かりそうな気がした。

実際、私は嫌でも知ることになる。自分自身と、この青について。












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