自分自身とこの青について②【創作小説】【創作大賞2024応募作】

そっか、夜の海は青じゃないのか。そんな当たり前の事実に静かに落胆する。波の音は昼間よりも大きく、まるでこちらまで迫り来るような迫力がある。案内されたテラス席からは海が一望出来る為、初めての夜の海をこれでもかと堪能できる。それはもう大満足だというくらいに。店にいる人々はまばらでその殆どが地元の人のようだった。

「君、名前なんていうの」

どうせ覚えらんないから下の名前だけでいいよ、彼はそう言ってハンバーガーの付け合わせにあるポテトを食べた。

「カオルです」
「俺はジュン」
「ジュンさん」
「そう、ジュンさん」

まあ、なんとでも呼んでよ。そう言ってまた付け合わせのポテトを食べた。ケチャップをベッタリとつけて、ほとんどケチャップを食べているその様子は、ジュンさんじゃなければ嫌悪感のあまり顔を顰めていただろう。指についたケチャップを舐めて、吸う。次はハンバーガーに手を伸ばして豪快に齧り付く。唇の端についたソースを指で拭ってまた舐める。その一連の作業は、私が今まで見た食事シーンの中でいちばん食欲をそそられるものだった。

「ほら、人の食べるところばっか見てないでカオルちゃんも早く食べなよ。ここのハンバーガーほんとうまいから」

私は手元にあるハンバーガーに手を伸ばす。見た目通り重量があるそれに思い切り齧り付くと口の端だけでなく鼻にまでべたっとしたソースが張り付いた。肉汁が中から溢れ出して手や口がベトベトになる。もう一口齧り付くとピクルスの酸味と濃厚なチーズの甘さが肉肉しさと調和する。なにこれチェーン店なんかとは比べ物にならないくらいおいしい。

「めちゃくちゃうまいでしょ」
「こんなにおいしいハンバーガー初めてです」

「カズさーんこんなにおいしいハンバーガー初めてだって!!!!」

知ってるーと奥からカズさんなのだろう人が答える。知ってるってよ、そう言ってジュンさんもハンバーガーに齧り付いた。2人して無言でハンバーガーとポテトを食べる。気づいたらふたつの皿は空っぽになっていて、私達は軽い放心状態になった。先に切り出したのはジュンさんだったと思う。私達は互いに何かを求めようとしていた。その正体がなんなのか、それを確かめたかった。

「ここに知ってる人はいるの」
「いません」
「じゃあどうしてここに」
「知ってる人がいないからです」
「知ってる人がいないところへ行きたかった?」
「はい」
「カオルちゃん、未成年だよね?」

その言葉を聞くと、大人になろうとしていることが恥ずかしくなってしまう。少し背伸びをしてみたり、対等になりたいと望んでみたり、そんなこと全てを馬鹿にされているような気分になる。

「カオルちゃん、俺は別に説教とかするつもりじゃないんだよ。ただ、ここにいたいって思うならそれを説明しなきゃいけない。君の周りにいる大人の人に」

そういう所はちゃんとする人なんだ。きっとこの人は私を傷つけたりしない。泣きたいほど嬉しくて、笑ってしまいたいほど虚しかった。これから、ジュンさんが私に誠実であろうとする度に私の心はすり減るだろう。だって私はどこかでジュンさんが最低な人間であるということを期待していたから。そのことにたった今気が付いた。

「私、ここにいてもいいんですか」

いいよ、君が望むなら。そう微笑むジュンさんはやっぱりカッコよくて、私は思わず見惚れてしまう。なにも知らないのに知ったふりしないジュンさんを私は強く、知りたいと思う。

この夜を境に動き出した日々のすぐ側に青はあった。ごく自然に、寄り添うように。だから気がつけなかったんだ。ジュンさんは私よりもずっと青に魅せられていたことに。















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