見出し画像

【読書記録】添えるような優しさ/小川洋子『約束された移動』を読んで

 教科書にも載っていた「巨人の接待」を収録した、移動にまつわる短編集。気味悪さがありながらも、不思議と穏やかな、独特な世界観を持つ作品たちだった。


「彼は転落したのではない。象や無垢な少女や船長や、一家の名もない母に導かれ、行き着くべき場所に向かって、今も移動を続けているのだ。」

小川洋子「約束された移動」

〈あらすじ〉
 ホテルの清掃係の主人公は、ハリウッド俳優Bの泊まった部屋から、必ず本が1冊抜き取られていることに気がつく。その痕跡から、彼の生き方を辿る、不思議な物語。

〈感想〉
 ホテルの清掃員が、残った髪や枕の形から、泊まった人のことを想像している描写が、なんとも言えず。抜かれた本から俳優Bの痕跡を追うけれど、B自身は清掃員のことを知らないし、ただ一方的に知っていくことが、気味悪く感じた。


「そこにいるけど、いないも同じ、という雰囲気を出すことなんだ」「つまり、妖精みたいってこと?」

小川洋子「ダイアナとバーバラ」

〈あらすじ〉
 「わかります、わかりますよ」と、そっと手を添えるように老婆は言う。病院の案内係の彼女に、何かしらを吐露していくのだった。プライベートの彼女は友達がいない。けれど、ダイアナ妃に憧れ、洋服を作り続けている。孫娘との交流を通した温かなお話。

〈感想〉
 異国の物語のようだった。誰かをそっと支え続ける女性を、「妖精みたい」と表現するのが好き。ダイアナ妃をイメージした不可思議な洋服を着ていても、祖母の元に通い続ける孫娘も素敵だと思う。


「一人ぼっちでいるの子どもくらい可愛そうな生きものは、他にいない」

小川洋子「元迷子係の黒目」

〈あらすじ〉
 家の裏手に住む"ママの大叔父さんのお嫁さんの弟が養子に行った先の末の妹"と少女の話。"末の妹"はデパートで迷子を見つけるのが一等上手かった。迷子は可愛そうだから、すぐに見分けられるのだという。迷子を見つける広い視野と、優しさの散りばめられた作品。

〈感想〉
 水槽の中の魚を殺したように、わざとじゃないのに悪いことをしてしまう。そんな時にホッとするのは、背中に手を添えるような優しさだ。一人ぼっちで泣く迷子を見つけられるような優しさ。"末の妹"は言葉は少なくとも、とびきり優しい人間なのだと感じた。


「あなたは何も悪いことなどしていないじゃありませんか」

小川洋子「寄生」

〈あらすじ〉
 ある男性がプロポーズをするために、彼女と待ち合わせをしていたら、何故か老婆が腕にしがみついてきた。出会いは不可思議で傍迷惑な、けれど老婆を憎み切れない、切ない一作。

〈感想〉
 大事な日なのに何故か老婆に絡まれる、迷惑な話である。それでも老婆は何を見ていたのか、息子なのか父親なのか、怒るにも憎むにも、どうしても切なさが勝ってしまう物語だった。


「太陽が真上に近づくにつれ、黒色はより深みを帯びてくる。それに導かれて人々は、死者に相応しい場所を目指してどこまでも歩いてゆく。」

小川洋子「黒子羊はどこへ」

〈あらすじ〉
 村唯一の託児所「子羊の園」は、ある2匹の羊と、生まれた黒い子山羊から始まった。園長は子どもに好かれる才能があり、長く園を続けていたが、ある時から教え子のJに想いを寄せる。彼女は、羊は、どこへ。

〈感想〉
 黒い羊とは、集団の中の異端を指すらしい。寡婦となって羊を引き取り、やがて託児所を開くことになる彼女も、村の中では異端だった。教え子に恋する姿は理解できないけれど、彼女の終わりは苦しく感じた。


「巨人の声が小さいのは、死者に向かって語りかけているからだ。死者はとても耳がいいから、小さな声で充分なのだ。」

小川洋子「巨人の接待」

〈あらすじ〉
 巨人と呼ばれる小説家が日本に訪れた。主人公は彼の通訳を任される。巨人の声があまりに小さく、台詞を捏造するという禁忌を犯すが、巨人と彼女は通じ合っていく。

〈感想〉
 昔に教科書に載っていた思い出の作品。授業の合間に何度も読んだので、懐かしくて堪らなかった。取材やサイン会などの現実と、鳥や花、自然のメルヘンさが不思議なバランスを取っている。胸元に差す鳥の羽根を選ぶシーンが好き。


 まず表紙が素敵。まるで異国のような雰囲気の物語たちは、キラキラと静かに光って見える。「巨人の接待」は言わずもがな、「元迷子係の黒目」もお気に入り。この不可思議さを、真の意味で理解できるようになりたい。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?