1盗作

盗作に怯えて

 
 ショートショートが好きで、note×カドブンのコンテスト、『一駅分のおどろき』に、毎日のように投稿している。遊び場を設定してくれて、ありがたい限りです。
 
 星新一、阿刀田高、筒井康隆、三浦哲郎、ブラッドベリ、ヘンリー・スレッサーなど、数ページで完結する超短編の名手の本を、好んで読んだ。そして、アンソロジーも。けっこう意外な作家が超短編を書いていて、アンソロジーには作品そのものの面白さのほかに、それに対する新鮮な驚きもあった。
 
 好きなら自分でも手掛けてみたくなるのが自然の流れで、読んだ本に感化されて書き出した。中学校1年のときだ。そのとき感化された本は有名な作家の本ではなくて、コンビニで売ってるような派手めの表紙のアンソロジーだった。タイトルはたしか『恐怖の館』。ハッピーエンドが一つもない、中学生だった自分にとっては衝撃的なショートショート集だった。すべてにうろ覚えなので正確な検索にはなっていないのかもしれないが、ネットで調べても出てこない。あんまり流通されなかったのかもしれない。トップの作品が「りんご」ということは覚えているが、それがひらがなだったかカタカナだったかは記憶にない。
 
 わりと小さな頃からぽつりぽつりとショートショートを書いてきたが、それらはまったく残っていない。どこにいったのだろう。
 
 一時期遠ざかって、大学の後半になってから再び書くようになった。ヘンリー・スレッサー、あと超短編ではないが、ディックやマシスンなど外国のものを読みだして衝撃を受けたからだ。マシスンの「蒸発」に真似て書いた手書き作品が、今でも手元にある。
 
 それも含めて、その辺りの作品からは、全部ではないが残している。そして、どれくらいの頃に書いたのかも覚えている。
 
 なかで一つ、いつ書いたのか覚えていない作品がある。記憶にないのだ。これが自分の中では気持ちの面でも対外的な面でも困った問題作となっている。もっとも職業作家ではないので、さしたる問題ではないのだが。
 
 以下が、マイ問題作のショートショートだ。
 
 = = = = = = =
 
【空白の時間】
       曠野すぐり

 彼は本屋で立ち読みをするふりをしながら、向かいの喫茶店の混み具合を観察していた。
 
 5分、10分、15分……。彼は喫茶店の客が引くのを待ち続けた。
 
 奥に陣取っていた大学生っぽい集団が立ち上がり、ぞろぞろと入り口に向かって行った。その集団が出れば、あとはレジ横のカップルが一組だけとなる。その2人はなにやらパンフレット様の物を、顔をくっつけるように見つめて話している。中年サラリーマンが店に入っていったところで、注意など向けないに違いない。
 
 ―― 今がチャンスだな。
 
 彼は本屋から出ると、通りを渡って喫茶店の扉を押した。
 
 カウベルがカランカランと乾いた音をたてる。コーヒー豆のいい香りが、彼を包み込んだ。いつもであれば、それらは仕事から解放された合図として五感に心地よく響くのだが、今日に限っては効き目がなかった。
 
 店は、木目調の落ち着いた雰囲気。仕事場から自宅までの中継地として、彼はこの喫茶店によく立ち寄った。ここではクールダウンとして神経を休めることに努め、本も読まず手帳も開かず、ただのんびりと1杯のコーヒーを味わうだけにしていた。
 
 その喫茶店では落ち着いた顔を見せる彼も、日中は別人の様相だった。駅前にある都市銀の行員。2階にある融資課の、後ろから2番目の席に陣取る男だった。銀行はカウンターからどんどん遠ざかって行くほど、位が高くなっていく。1階より2階、そして前列より後列。
 彼は、間もなくいちばん後ろに座る男になるだろうと周りから見られていた。いちばん後ろとは、支店長の席だ。
 
 だが、行員なら誰もがあこがれる『一番後ろの席』に、あと1歩、どころかあと半歩というところまで近づいた彼に、とんでもない邪魔が立ちふさがった。
 
 それは、原因のはっきりしない奇病だった。数瞬の意識が、フッと途切れてしまうというものだ。
 
 彼は誰にもばれないように医者に通った。しかしいくら通っても脳に異常は認められず、はっきりした診断は下らなかった。ストレスの一種でしょうという、よくありがちな言葉。そしてどの病院でも、少し仕事を離れてのんびり体を休めてみては、と付け加えられた。
 
 冗談じゃない! と彼はその言葉を思い出す度、心の中で喚きたてた。ここまできておれにリタイアしろというのか! 頂上が見えているというのに!
 
 彼にとってそれは、人生をやめてしまえと言っているのと同じだった。出世だけを目標に激務をこなしてきたのだ。彼は仕事のペースを落とすどころか、反発心でよりいっそう打ち込みだした。
 
 当然周囲には、病気のことはひた隠しにした。この病気が知られてしまったら、彼の社会的生命は終わるのだ。手ごたえある仕事からは遠ざけられ、運転は禁止され、人も距離を取るだろう。出世レースどころか、会社にいることすら難しくなる。
 
 彼は空白の時間を作り出さないよう、絶えず気を張っているようにした。休むことのない極度の緊張状態は神経をすり減らし、吹き出る汗でワイシャツが変色してしまうほどだった。それでも日々、歯を食いしばって、緊張状態を続けた。その甲斐あって、奇病が外で現われることはなかった。しかし反動で、自宅に帰ると数分間の記憶が飛んでいた。
 
 それほど注意していたにもかかわらず、ついに昨日、外で記憶を飛ばしてしまった。この喫茶店での、会計の記憶がないのだ。おそらく仕事を終えてホッとしてしまったのだろう。いくら考えても、コーヒーを飲んでいるときから駅に着くまでのことが思い出せないのだった。
 
 軽く店内を見回してから、マスターにひと声掛ける。まったくいつもどおりに。
 
 マスターも洗い物をしながら、軽く会釈してくる。その態度と雰囲気を見て、彼は、よし、大丈夫だ、と感じた。
 
 昨夜、会計を済まさず店を出てきたであろうことにずっと頭を抱えていた彼は、結局、普通の態度で店を訪れてみようという結論に達した。そして何気ない感じで謝ってみようというと思ったのだった。
 
「マスター、昨日はすみませんでした」
 
 いかにも小さなことを軽く謝るように、彼はよそおった。しかし実際のところ、会計が済んでいなければ小額とはいえ無銭飲食なのだ。彼はマスターが強く出てきたときに備え、必要以上に表情を和らげず、誠実に謝っているようにも見えるようにした。その辺の小技は、長年銀行で鍛えていただけあって慣れていた。
 
「昨日?」
 
「ほら、会計済ませずに出てっちゃったでしょう」
 
 怪訝そうなマスターの表情が緩んだ。
 
「あぁ、そう言えばヨーコちゃんが言ってたなぁ。副支店長さんがなんだかフラフラッと出てっちゃったって。具合でも悪かったのかってヨーコちゃん心配してたけど」
 
 そうか、昨日自分が出て行ったときはアルバイトの娘でマスターは居なかったのかと彼は思いつつ、平静な態度を崩さない。
 
「いやね、外の通りに昔世話になった人が通ったように見えて、とりあえず追っかけてみようって。結局見つからなかったんだけど。ホントすみません」
 
「大丈夫ですよそんなの。まぁ今度ヨーコちゃんに言っといてくださいよ、心配してましたから」
 
 彼はその場で注文をすると、窓側の、いつも定番としている席に座った。
 
 幾筋もの汗が知らないうちに流れ出ていて、冷たさに思わずヒヤッとなった。しかし、なにはともあれ、一件落着だ。彼は安堵のため息を深くついた。
 
 窓からは、通りと本屋の灯りが差し込んでいる。あの本屋を出てからさっきのやりとりまで、たったの1、2分といったところだろうか。しかし、実に長い時間に感じられた。
 
 手のひらにぐっしょりと汗をかいていた。何か拭くものは、と何気なく上着をまさぐると、コツンと固い感触が指先に響いた。胸のポケットから出してみたそれは、1冊の文庫本だった。
 
 カバーのかかっていないそれを見て、再び汗が噴き出した。そしてカウベルの音が響き、有名なマンガ雑誌名の入ったエプロンを掛けた中年男が入ってきた。そして文庫本を手にしている彼を見つけると、怒気を含んだ顔で近づいてきた。
 
 (おわり)
 
 = = = = = = =
 
 大学生のときにしょっちゅう喫茶店に行っていたので、喫茶店が舞台ということは大学生のときに書いたのかもしれない。しかし銀行のことを書いていることは、社会人になってからなのかもしれない。いずれにしても記憶にない。残しているショートショートの作品群に入っていたのだ。
 
 ところで、このショートショートを読んでなにか気付いた人がいるだろうか!?


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書き物が好きな人間なので、リアクションはどれも捻ったお礼文ですが、本心は素直にうれしいです。具体的に頂き物がある「サポート」だけは真面目に書こうと思いましたが、すみません、やはり捻ってあります。でも本心は、心から感謝しています。