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哲学が必要になる時代

以前書いた、『哲学科は必要か』という記事にコメントが届きました。
とてもうれしくて。そして最近、哲学が必要だと思われるビジネスパーソンが増えてきているような気がして、書き始めました。

私が北大哲学科を卒業したのはもう20年近く前になりますが。そのときは、哲学はアカデミックな世界限定に存在するもの。
一般社会では役に立たないものという扱いでした。
「哲学科に行ったら就職できないよ」という高校の恩師の言葉は就活が始まってから真実だったと思いしらされ、自分自身でも哲学をどうやって活かして食べることにつなげるのかはわかりませんでした。

しかし、20年近くがたった今、お仕事をご一緒している弁護士の先生が哲学や対話(哲学は対話が全てと言っても過言ではありません)を大切にされており、お仕事に取り入れて実績を上げていかれたり。
ディベートではなく対話によって、作られる人間関係の大切さについて開かれた勉強会に多くの経営者の方が参加され、哲学科で対話をしていたという私に興味津々で質問をしてくださったりと、

「え?哲学科が社会に活かされる時代きた?」
という気配を感じることが多くなりました。

対話ってとてもやさしいものだと思うのです。
哲学者の恩師と出会い、対話では自分の考えを決して否定されることなく
大切に論じられることを体感しました。

批判するのではなく、「あなたはそう思うんだね」「きみはどう考える?」「なるほど、なるほど」と重ねられるのが対話です。
問いに対してさまざまな考えを並べ、結論に向かって1本の筋道が通っているか、通っていないか「真か偽か」を検証していきますが、それは思考を深め、本質にたどり着くための行程であり
否定や批判が全く含まれることがありませんでした。

自分の考えを否定されることなく丁寧に扱われることは、自分の存在を大切に扱われていることと同じです。私はそう感じていました。
哲学者の恩師から教えてもらった本質対話のアプローチは
世の中でも必要なはず。そう思いながらも形にできないもどかしさをずっと抱えていましたが、ここにきて流れが変わってきたような気がしているのです。

きみは本質を見抜くから話したいと言ってくださる経営者の方。
自分の考えを整理するのに対話してほしいと言ってくださる士業の先生。
世の中を動かす仕事をされている方から言われることが今年になって出てきました。

目に見えない思考というものを「問い」「対話」を繰り返すことで掘り起こし研ぎ澄ませていくこと。こそに価値を見出していく世界が来るのか。
来るのを待つのはもうやめて、本質を見出す対話に価値を持たせていくことが私の仕事なのだと思うこの頃です。

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