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中馬さりの『令和3年の別れ』

5月16日開催予定の文学フリマに #文芸誌Sugomori として出店いたします!
そこで今月号は、文フリにて刊行する小説を無料公開でチラ見せ!
各作家が【令和3年の〇〇】をテーマに執筆いたします。
同誌には各作家へのインタビュー記事などの企画も掲載予定です。詳細はまた後日お知らせいたします!


「結局さ、コロナがわたしとアイツを赤の他人にしたって感じだよね」

まったりとした口調で言いながら、彼女はナイフをギュッと引いた。ランチステーキにフォークを突き刺し、赤く縁どられた口に運ぶ。
なんだか見てはいけないもののようで、気が付くと目を伏せていた。

「やだ、そんな顔しないで! どちらかというとサッパリしてるんだから。旦那……じゃなかった、元旦那とはもう終わりってだけよぉ」

目の前の彼女はケラケラと笑う。どんな言葉をかけたら良いのか、見当もつかない。

「……あのさ、もし新型コロナウィルスがなかったらって考えないの?」

「うーん。考えないわけじゃないけど。ただ、きっと退屈だって自覚しないように、朝から洗濯機をまわして常備菜でもつくっていたと思うよ」

ワイングラスをもち、クルクルと傾ける。

「こんな風に一緒にランチもできなかったと思う」

そう言ってまた笑う。表参道にある、メインストリートから一本奥に入ったカフェで過ごすランチタイム。清々しい彼女の話し方は、そんなお洒落なランチタイムにぴったりだった。



友人との久しぶりの昼食を終え、まっすぐ帰宅したわたしを待っていたのは、溜まった家事と在宅ワーク。

すっかり癖づいた手洗いを済ませ、マスクをゴミ箱に放り投げる。どうせなら何の感情もなくできるようになればいいのに、やらなければいけないという状況が、なんとなく憂鬱だった。

ふと、スマートフォンを見ると通知が増えている。知った顔が並ぶインスタグラムのストーリー。外出を自粛をしながらも幸せそうな日常が、自分とは全く違って輝いて見えた。

「旦那と別れた」と清々しくいう彼女から目をそらしたくなるのも、しかるべき努力をしているストーリーを眩しく感じるのも、本当に、コロナのせいだろうか。
令和2年の間に繰り返し聞いた『しかたがない』という言葉は、言い訳にも思えた。

「通知は……お義母さんか」

そう呼ぶのはまだ早いだろうか。
正確には、新型コロナウィルスのせいで結婚が先延ばしになっている彼のお母さんだ。自分以上にSNSを使いこなす様子はとても若々しくて、できることなら仲良くしたいのが本音だけれど、まだお義母さんと呼ぶのは馴れ馴れしいかもしれない。

とにかく、そんなお義母さんが、わざわざDMをくれている。私は考えるよりも先に通話ボタンを押していた。


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