見出し画像

衣南かのん『夜の給食やさん(後編)』

ゲスト作家・衣南かのんさんの作品『夜の給食やさん』後編です。
前編は下記からどうぞ!

「ちょっと待っててくださいね、すぐできますから。今日のランチで出したものとほとんど同じなんだけど」
「あ、いえ。むしろすみません、ほんと……」
「気にしないでください。私も一人で食べるより、誰かが一緒の方が嬉しいです」
 喋りながらも、カウンターの中の彼女はてきぱきと見てて気持ちがいいくらいによく動く。正規の客ならともかく、なんだか、ただ座っているのが申し訳ない気分になった。
「あの……何か手伝いますか?」
「ありがとうございます、大丈夫ですよ。あとはこれをのせて……完成!」
 カウンターに置かれた四角い木のお盆に、次から次へと皿が載せられていく。蓮子の写真でも見たキャベツとコーンのスープ。よく見ると、ふわふわの卵も入っている。同じく写真に映っていたフルーツポンチ。それから、最後に……
「……ナポリタン」
 サラダと一緒の皿に盛られた、赤く色づいた野菜とソーセージ入りのスパゲッティに、思わず声が漏れた。
「特別に目玉焼きトッピング付きです。ふふ、スープと卵かぶっちゃった」
「あ、いえ、卵好きなので……」
「そう? よかった。それじゃ、私も失礼して……いただきます!」
 カウンターに隣り合って座って、彼女が先に食べ始める。そうなると手を動かさないわけにはいかず。
「いただきます……」
 声が暗くならないように気をつけながらそう言って、まずはサラダに手を伸ばした。
(……おいしい)
 シンプルなトマト添えのグリーンサラダには、上にパリパリとしたものがのっている。食感の違いがあって、口の中で広がる風味も新鮮だ。
「これ、上にのってるの何ですか?」
「フライドポテトですよ。藁みたいに細く切ったポテトを、さっと上げてトッピングにしてるんです」
「へぇ……」
 続いてスープ。こちらも、卵にひと味加えてある。おそらく、チーズ……だろうか。
「そのスープの名前、何だと思います?」
 不思議そうにしていた理緒に気付いてか、彼女が声をかけてくれる。
「え?」
「イタリアンスープっていうんですよ」
「……イタリアン?」
 イタリアンスープ、から連想するのは、トマト系のものだ。けれどこれは、醤油がベースになっているらしい。どうしてだろうと考えていると、くすくすと笑いながら答えを教えてくれた。
「卵に粉チーズが入ってる、ってだけなんですけどね。ちょっと名前負けですよね」
「……たしかに」
 名前だけ聞けば違和感があったかもしれないけれど、それを吹き飛ばすくらい、温かいスープはおいしく、身体にじんわりと溶け込んでいった。あぁ、こういうものが食べたかったんだ、と実感する。
 サラダを食べ終え、スープを半分以上飲んで……そうすると、いよいよメインに手をつけないわけにはいかなくなってくる。隣で彼女は、綺麗な半熟の黄身を崩しながらナポリタンに絡めて、おいしそうに食べ進めていた。
(……よし)
 意を決して、くるくるとフォークに小さく、スパゲッティを巻き取る。そうして口に入れて……その瞬間、思わず理緒は手で口を覆った。
 え、なにこれ。
「……おいしい!!」
 ここ最近出なかったような大きな声が出る。なんだかわざとらしいテレビのリポーターみたいで瞬時に恥ずかしくなったけれど、心からの声だった。
シンプルなナポリタンだ。特別な材料を使っている風ではないし、ピーマンと、玉ねぎと、人参と、ソーセージの素朴なもの。ケチャップの甘みと酸味はお店にもよるのかもしれないけれど、だからってそう特別な味、というわけじゃない。
 それなのに、今まで食べたことがないくらいおいしかった。
「ほんと? 嬉しい!」
「あの、出してもらってこういうこと言うのすごく失礼なんですけど……私、ナポリタンって苦手で」
「えっ、そうなの!?」
 ――そうなのだ。
 母の教育方針から、味の好みはあれど好き嫌いのほとんどない理緒が、唯一と言っていいほど苦手にしているのがこの、ナポリタンだった。
「ごめんなさい。苦手なもの、聞けば良かったですね。残してもらって全然構わないから……」
「いえ、とんでもない! 全部食べます。こんなにおいしいナポリタン、初めてかも……」
「本当?」
「はい。うわぁ、すごい、目玉焼き合う! こんな食べ方あったんだ」
 はしたない、なんて思うことも忘れて、夢中になって食べてしまう。
 そうしてあっという間に、理緒の皿は空になった。

ここから先は

4,227字
この記事のみ ¥ 200
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?