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【小説】誠樹ナオ『保護犬を飼ったり預かったりして暮らしています』文学フリマ特別号

文学フリマで発刊する文芸誌に載せる一編、
「団地」をテーマにした誠樹ナオ執筆の小説となります。
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「兄弟みたいだね」

保護犬のルディを、譲渡先が見つかるまで預かることになって、最初にうちに来た時の第一声がそれだった。

先行きが決まらないまま、もう1ヶ月半うちにいる。

通常は数週間の単位で決まるから、この子はどうなるんだろうって毎日とにかく気持ちが焦る。レスキューされてから長いこと保護施設で育つ子たちもいるにはいるけど、大体の子犬は隔週で行われる譲渡会で面談のご希望が入るのに。

「そもそも譲渡会の時に、ハウスから出てこないんだよな」

今日も私は、高校のクラスメイトでの当麻樹(とうまいつき)と作戦会議をしていた。

「顔が見てもらえないんじゃ厳しいよね」

「蓮見の家でも、人間がいると出てこないんだろ?」

「うん」

私が住む団地の隣の棟の1階には『当麻動物病院』が入っている。当麻はそこんちの息子だ。保護団体と連携して保護犬のケアやレスキューに力を入れていて、うちは2年前にアールという雑種を家族に迎えた。それから成り行きで保護犬の預かりボランティアをしていて、去年は8頭を新しいご家庭に送り出した。日本にどれだけレスキューされる子達がいるのかと思うと、本当にうんざりするくらい次々と預かっている。

アールだけと過ごす時間なんて、最初の半年くらいしかなかったんじゃないかな。預かる子によって起きる問題も様々で、夜になるとちょくちょくいろんなことを当麻に相談していた。なんせ1階同士でベランダ越しに話ができる距離だし、親も止めない。そもそも、当麻んちはお父さんもお母さんもおじいちゃんも獣医さんで、おばあちゃんは動物看護師さんだから、当麻のことはほったらかしだ。むしろ犬の方が兄弟みたいに近い家族なんじゃないかな。

「今度の譲渡会ではオープンタイプのサークルに入れてみるか」

「それはそれで、怯えちゃうような気がするな」

うちでもアールと二人きりの時以外は、クレートにいっつも引っ込んでしまう。いるのかいないのかわからないくらいおとなしい。無理にオープンスペースに出しても、隅でうずくまって震えちゃうんじゃないかな。

「怯えてるワンちゃんに譲渡希望って入るの?」

「ないとは言えないが、難しい」

「うーん……」

「次までに何か考えておく」

「お願い」

少し肌寒くなってきた夜風を感じながら、私たちはそれぞれの部屋に引っ込んだ。

「じゃあな」

ベランダの窓越しに笑顔の当麻が見える。部屋の中にワンちゃんがいるのか、デレデレの優しい顔だ。無愛想で、無表情で学校ではサムライってあだ名だけど、犬にはあんな顔をするのを知ってるのは私だけかもしれない。

──

朝になってお母さんがケージのドアを開けると、アールはまずお父さんのところにぶっ飛んでいく。

お父さんは帰りが遅いしいないことも多いけど、アールは毎日起きるのと帰ってくるのを心待ちにしてる。

「ア〜ルたあああああああん、パパ起きたよ〜。よく寝られまちたかあ〜!?」

そのお父さんの声で、私は目が覚める。お父さんって仕事には厳しくて鬼みたいだって有名らしいし、子供の頃はめちゃくちゃ怖かったんだけど、初めてこの猫撫で声を聞いたときは『誰だろう』って私もお母さんもあぜんぼーぜんだった。

私が起きた気配を察すると、今度はさかさかと忙しない足音が近づいていきた。部屋のドアは小さく開けてある。そこに体を割り込ませて、アールがベッドにダイブして来る。

「分かった分かった、起きる起きる、起きるってば!」

ベッドに飛び乗ると、ベロンベロン顔を舐め回して、しまいには鼻の穴に舌を突っ込んでくる。朝の散歩が私の当番だからだ。少し落ち着いてくると、撫でろと言わんばかりにお腹を出してひっくり返る。

「可愛いね、可愛いねえええアール」

アールはお母さんがテリアだったらしいってことだけは分かっていて、全体にはキツネみたいな短毛だけど、鼻の周りだけふわふわとしているのがなんとも言えずに可愛い。お散歩していると周りの犬仲間さんからはよく柴犬に間違われる。前脚は靴下を履いたみたいに手だけ白くて、アイラインが入ったみたいなクリクリのお目目に、くるんと丸い尻尾。どこをとっても可愛くて、人懐っこくて、甘えん坊で可愛い可愛いうちの家族の一員だ。可愛いって言い過ぎだけど、1日100回くらい言っちゃう。

「さ、散歩行こうか」

こんなアールも、うちに来た時はルディと同じでクレートから出てこなかったんだよね。

「……そうだ!」

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