【掌編小説】ふくだりょうこ『春よ恋』
「まあ、つまりこういうことだ」
目の前にいる男が、わざとらしくグラスをテーブルの上に置いた。
コンッ、と小気味の良い音が響いてイラッとする。
深夜のファミレス。
私たち以外には若いカップルと、パソコンに向き合う男性がいるだけだ。
「どういうこと?」
「ひとつの恋が生まれて消えた、ということだ」
「うるさいだまれカッコつけんな、単純に私は!フラレただけ!!」
「ん~ダメかぁ」
男は表情を緩ませ、ヘラッと笑った。
「まあまあ、この世にどれだけの恋があると思ってんだよ? その中のひとつが消えたからってそう落ち込むな」
「そりゃあアンタは他人事だからいいでしょうよ。他の人の恋なんて知ったこっちゃないからね。でも私は私の恋が消えたから嘆いてんのよ」
「その恋はおまえがそんなに泣くほどの価値があったのか?」
「ある」
「ねぇな」
「あんたが決めんな!」
すでに冷めたコーヒーを一気に呑み干した。
呼び出しボタンを押して、人のよさそうな男性店員に抹茶白玉パフェひとつ、と注文する。
「夜9時以降の甘いものは太るからってやめてたんじゃないのか?」
「最近、夜9時以降に店をやっていなかったから、仕方なく、よ」
「ああ……そういや、その期間は続いてたんだな、彼氏」
「夜も遊びに行けるようになったら、飲み会が増えて……出会いも増えて……会う女の子の数も増えて……」
「で、フラレた、と」
「なぁぁぁにが蔓延防止よ! 恋の蔓延をいますぐ止めて!!」
「うん、あんまりうまくないな」
「……わかってるよ」
急に自分の発言が恥ずかしく思えてきて、声のボリュームが下がる。
同時にため息もこぼれる。
「出会う女の子の数が増えたら私がくすんで見えたっていうことかな……」
「安心しろ、おまえは世界で一番かわいい」
「…………」
「んだよ」
「褒められ慣れてないから気持ち悪い」
「俺は常に褒めているのにお前が聞いてないだけだろ。ずっとかわいいし、仕事もできるし、ちょっとワガママなところもかわいいし、かわいいし、オシャレだし、かわいいし」
「たくさん褒めているようでかわいいしか言ってなくない? 語彙力死んでんの?」
「おまえのかわいさは何度言っても足りないよ」
「…………」
にっこりと微笑みかけられて会話が途切れたところで、パフェが到着した。
真ん丸な抹茶アイスが2つ、白玉が5つ。
その上からあんこがたらりとかけられていて、てっぺんにはホイップクリームがたっぷりとのっかっている。
スプーンですくえるだけで生クリームをすくって、口に放り込んだ。
ふにゃっと顔の筋肉が緩む気がした。
「うんうん、おまえはそういう顔をしてるほうがいいって」
「……」
「好きなものいっぱい食え。やりたいことしろ。相手に合わせて変わろうとすんな」
「……そしたら彼氏なんかできないもん」
「いいじゃん、できなくて。おまえが世の中の男に飽きて、俺のこと好きになるの待ってるんだから、こっちは」
「……」
「なんか言えよ」
「……毎回言ってるけど、失恋直後にそういうこと言うの、デリカシーなさすぎ」
「じゃあ、フラレるたびに俺を呼ぶなよ」
「呼ばれて嬉しいくせに」
「まあな」
私1人じゃ持ちきれない感情を、いつも一緒に持ってくれる。
いつか、ハッピーな気持ちも共有できるようになるんだろうか。
ちっとも想像できないけれど。
END
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?