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【小説】誠樹ナオ「第一王女は婚活で真実の愛を見つけたい」第3話(前編)

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私の朝は、政務官たちとの面会から始まる。
「やはり都市部では順調だけど、地方の子どもたちの就学が進んでいないようね」
多忙なお父様に代わって、進捗が悪い課題を担当する彼らの話を聞くためだ。
「え〜まあ、地方の子どもたちは特に農村にとっては貴重な働き手ですから……その時間を割いてまで学校に行かせることに、懐疑的な者も多いでしょう」
明らかにやる気のなさそうな口調で、政務官がぞんざいに資料を投げ出した。

初等教育はお父様がかねてから起案し、第一王女の私が重点的に関わっているにも関わらず、どうも政務官の中ではハズレを引いたような感覚があるらしい。この件で相談に来る政務官は概ね、熱意もなければ進みも悪いというのが現状なのよね。
それでも何にもしてなければ怒られる。こうして相談に来るだけでもこの担当者はマシな方だ。
そりゃ財務や外交、軍事なんかを司るのに比べたら地味だし、テンションが上がらないのは無理もないのかもしれないけど。

「つまり、子どもたちの働く時間を奪っても、農作業に支障が出ず、それ以上の見返りを感じられる何かがあればいいということよね」
「はあ〜、まあ、それはそうでしょうけれども」

お父様が、国内の政務の全てに関心は持っているのは確かなことだ。それでも得意不得意はあるし、分刻みの中では優先順位というものがある。
だったら、私の婚姻などは優先順位を下げてほしいのよね。──まあ、それはともかく。特に子どもの教育や庶民の生活に関することは後手に回りがちだ。

人は宝、人は石垣、人は財産。

こういうことこそ私は優先順を上げるべきだと私は思うのだけど、どうも殿方にはその辺りの目配りが足りないのではないかしら。

「では、初等科の中でも希望する子どもたちに、プラスルファで農業の専門課程を学ばせるというのはどう?」
「は?子どもにも専門課程を……でございますか?」
「ええ、それで実習の一環として学校の設備を貸し出せばいいわ」
農具や大型の農機具ともなれば、よほど富裕な豪農でない限り満足な設備が整っているとは言い難い。

「それであれば、単純に農機具を農家にばら撒いてしまえば良いのでは?」
いやいや、こういうとこが殿方の考えることって雑なのよ。
「あくまでも実習の一環にすることが大事なの。カリキュラムの中で付近の農家に手伝いに行かせるのもいいわ。新種の種苗なんか持ち帰らせるのもいいかも」
「なるほど……」
それまでぼんやりと、どこか胡乱だった政務官の瞳が徐々にはっきりとしてくる。

「子どもを学校に通わせることに、メリットを感じさせれば良いわけですね?」
「就学率や出席率はちゃんと数字でモニタリングしておいてちょうだいね。なんとなく増えた、みたいな当初の報告書は不要よ」
「承知いたしました」
「これは当座の策だから、もう少し根本的な対策に関しては、予算が必要だし、父王と話し合っておくわ」

政務官が立ち去ったのを合図にしたかのように、テレーズが私に近づいてくる。
「テレーズ、お疲れ様。今の政務官で最後ならば、そろそろ一旦お茶にしましょうか?」
「いえ、レティシア様……それが、その」

「……驚きましたね」
言い淀むテレーズの背後で、お茶のワゴンを運んで入ってきたのは慇懃無礼なあの男だった。
「あら、アスラン」
声は涼やかなのに、全身真っ黒できっちりとした服装は暑苦しいことこの上ない。
「暑くないの、その格好?」
「貴女はカルロ王の政務の一部を担っているのですか?」
ちっとも驚いていなさそうな顔で、アスランが私に歩み寄ってくる。
「担っているというほどのことではないわ。些少なことなら私でも指示を出せる、というだけのことよ」
「そう、ですか」

「それで用件は?」
アスランの手には、例の巻物が握られている。
「テレーズ、アスランの分もお茶をお願い」
「……承知いたしました」
テレーズが何やらチラチラと私とアスランを交互に見ながら、お茶を淹れてくれる。そういえば、例のアスランに関する調査の結果、朝の政務が終わったら聞くつもりだったのよね……どうだったのかしら。

──

アスランに依頼された質問票はあらかた必要なことを埋め、数日前に提出したばかり。
もう候補者が揃ったとでもいうのかしら?

「まず挙げた条件が、政務に明るく国民への献身があること」
アスランがピクリとも表情を変えず、私が書いた内容を読み上げる。
今日はまず、私の意向を確認しにきたらしい。
「そうよ。当然でしょ?」
「先ほどの政務官との面会を見て得心いたしました」
「え……」
思っても見ない反応に、思わずお茶を飲む手が止まる。随分と厳しく条件をつけてやったから、文句を言いにきたものだと思っていたのに。

「レティシア様であれば、女王となってからも政務官や側近に任せず、ご自身で政務を見られる場面も多いでしょう。そのために、伴侶となる方がその方面に明るく、対等な立場で話ができるに越したことはありません」
「……その通りよ」
驚いた。

てっきり女王などお飾りなのだから、子どもを作ることだけを考えて政治なんて男に任せろ、とでも言われるのだと思っていた。言わないまでもそれが本音だろうに、そんな風にさっきの会話で私のことを評価しているなんて。

「名門の出や爵位、適切な家柄、または外交関係を良好に保つ必要のある隣国の子息。アストゥリア王国にとって益のあること……これはまあ当然ですね」
「そうね」
「身長が高く、見目が麗しいこと。少なくとも人を不快にさせるような容姿ではないこと」
「外交の時には重要でしょう」
「人柄が誠実で、浮気をしないこと」
「前にもお父様に言ったけど、結婚後に他に女や子供がいるなんてわかるのは困るわ。後継者争いの元だもの」
「自国語以外に堪能な言語があること」
「私は7ヶ国語治めているのに、外交の場で愚鈍な夫の通訳をするはごめんよ」
「打ち込める趣味があること。できれば、レティシア様と共通するものがあれば望ましい。特に、器楽など共に演奏でき、外交や社交の場を円滑にするに資すること……文武に秀で、いざ戦闘が必要な場面となっても先頭に立つ気概と胆力があること」

読み上げるに従って、アスランの表情がどんどん曇ってくる。
「レティシア様……これで良いのですか?」
ふふふ……困れ困れ。
「なあに。もう根を上げるっていうの?」
これだけ並べ立てて、適任者を見つけてくることなんて不可能に近いだろう。

ほくそ笑んでいると、眼鏡の奥のまなじりが微かに釣り上がる。
「降参する?でも、お父様の肝入りだという割には随分とあっさり──」
「そうではありません」
アスランはあっさりと首を横に振ってみせた。

「レティシア様、あなた、やる気あるんですか? ……個人的な趣味嗜好がまるでスカスカではないですか」

「は?」
アスランが眉を顰めている意味がまるでわからない。
「個人的な、って?」
「私はできるだけ、ご希望を細かく書いてほしいと言ったはずですよ」
「だから、細かく書いたじゃない」
「これは希望ではありません。条件です」
「えっと……」

話が見えなくて、なかなか茶器をテーブルに置くことができない。そんな私を見かねたのか、テレーズがそっと私の手からカップを取ると、おかわりを注いでくれた。

「たとえば見目麗しいというのは、どのような男性がご希望なのか。趣味が合うという、趣味とはどのようなご趣味なのか」
アスランがぱしんと巻物をテーブルに置くと、茶器がカタカタと音を立てた。
「これでは、カルロ王がお出しになる条件書と変わりません。私がお聞きしたいのは、レティシア様……貴女自身のご希望です」
「いや、それは……」
「私は再三”貴女の”ご希望をお聞きしたいと申し上げたはずですよ」
「だ、だって……」

そんなこと……事細かに書くと、私がよっぽど必死に結婚したいみたいじゃない!

「別に、誰も私にそんなこと望んでいないでしょう?どうせ、国の対面を保って、国益となる結婚ができればそれでいいはずじゃない」
「では、ご自身が幸せにならなくても、それでいいと思っている、というわけですね?」
アスランは、コツコツと苛立たしげにシートの上で指をたたく。
「真剣でない人の相談に親身に乗れるほど、私も暇ではないんですがね」
「し、真剣じゃないわけじゃないけど……」
その勢いに押され、つい言い訳がましくなってしまう。

第一、私自身の幸福、なんて観点で結婚話を進められたことがないから、どう対応していいのか全くわからない。

「だったら……」
アスランは私の顔前に質問票を突き付けた。
「無駄なプライドは捨てて、貴女ご自身のことをお聞かせいただき、質問を全て埋めてください」
「はっ!?」
む、無駄なプライドですって!?

後編は3/24(木)公開予定です

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