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【掌編】小野寺ひかり「離婚記念日」

今月で2nd Anniversaryを迎えた文芸誌「Sugomori」。6月の特集として掌編小説をお届けします。今月のテーマは『記念日』。書き手は小野寺ひかりです。

掌編小説は全文無料で読めますが、サポートの受付として有料200円を設定しています!

掌編小説「離婚記念日」

男女に友情は成立すると思う?

同性同士の友情だっておぼつかない世の中で、リア充だけが発することのできる、この世で一番陳腐なセリフだと思ってきた。
「え」
絶句する僕にきみは、「こんなこと聞くなんてダサいよね」と缶ビールに口をつけて一気飲みした。そんなことないと、声を出そうとしたが、否定する意味を考える前に僕は自分の顔が真っ赤になっていることが分かってうつむいてしまった。アルコールのせいではない、ドーパミンが僕の肉体を支配していた。自分の心臓の鼓動音が痛いと思った。
僕の混乱を察したきみは、答えを聞かずにもうほかの話題を探そうとしている。僕だって、どうしてそんなことを聞いたの、と横顔に問いかけたかった。でもきみは、少し伸びた前髪をうっとうしそうにしていた。

好きなら――
「好きなら、恋も友情もあまり大差ないんじゃない」
僕が精一杯しぼりだした答えだった。
きみは「それは違くな~い? 恋したことある~?」と笑った。
否定されて傷ついたので、僕はまた何も言えなくなった。

ともだち関係なんてあいまいなもので、それから交際し始めた僕らは結婚して、そうして離婚する。

あれから季節が何度かめぐった。きみの髪はロングヘアーになっていた。
大きなグリーンのソファでくつろぐ僕らは、お気に入りの映画を再生していた。初デートでみた映画だった。わざわざ上映されるというので、名画座に並んだときもあった。
「毎回さ、どんな話だったかなって」
「ね~、寝ちゃうもんね~」
おっと。きみの言葉のトゲは、甘噛みのようなじゃれ方をする。
「あの頃のわたしを思い出すとかわいそうで涙が出ちゃうな~」
初デートでのおしゃれが精一杯で、そつない態度にヤキモキされて、あげく映画を見始めてすぐ熟睡した僕の様子に性癖や人格まで疑われていたらしい。思い出の持ち主はきみだけじゃない。緊張で前日に眠れなかったんだってこと、さすがにドイツの戦争映画はハードルが高かったじゃんってこと言い訳をしたい。僕は過去すでに繰り返した会話を頭の中でめぐらせる。

住み慣れた部屋は少しずつ片付けを始めたばかりだが、僕たちの別れ話はすんでいた。家を出ていく数週間の猶予が、離婚なんて大それたことをなんでもない気にさせた。離婚には子どもができなかったことも、互いの仕事も、趣味や友達、日々のすれ違いや結婚式も挙げないままだったことも、コロナも影響していたのかもしれない。でもそれは逆でもあった。いろいろがあったから僕らはともだちだったし、カップルだったし、夫婦にもなれた。これらの出来事を「ボタンの掛け違い」なんて薄っぺらいものにされないよう、できるだけ抵抗したいのだった。

きみは再び映画の説明をしてくれる。
「戦火に巻き込まれた男女がいるでしょ、時を経て、再会の約束を果たすの。でも運命の再会したふたりは、テンションだだ下がり。あの時の感情が恋だったのか、愛だったのか、分からないのよ。互いに結婚もしてるし」
「うんうん」
「でも離れがたいの。そばにいると気まずいのに、って。憧れの大人のレンアイ」
「ああ、まるで今の僕らみたいね」
きみは僕の顔をまじまじと見つめた。それで、そっかあ、とつぶやいたのち、下唇を突き出してちょっと涙目になっていた。
「そういうこともあるかもね」

きみは否定しなかった。なのに僕はひどく傷ついた気がした。何も言えなくて次の言葉をゆっくり探し始める。

映画は何事もなく進んでいく。映画に登場する二人はキスもハグもしない。彼らのあいまいな関係に名前をつけるなら「友愛」なのだろう。僕らも友愛のなかに夫婦関係を見出していた。夫婦でなくなったとしてもともだちのままだ。隣にいる、離れがたいきみのことを想う。

映画はこのあとどうなるのだっけ。いつものように眠ったとしても、きみはもう怒らない。僕はきみのことがずっと好きだよ、と少し大人になったきみの横顔にテレパシーした。少し陳腐だなと気づいてバレないよう口角をゆがめた。

心臓の裏側がどくんと脈打ち、思いがけず解けた何かが体中を巡っていく。小さく息をはいたが、溢れてくる感情を逃がし切れず、ただし言葉にはならなかったので、僕の目から涙になって出てきてしまった。
きみと僕の涙は、グリーンのソファに深く染みていった。

END

文芸誌Sugomori 小野寺ひかり/お題「記念日」


小野寺ひかりのsugomori寄稿作品

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