見出し画像

柳田知雪『推しと生きる』令和3年のオタ活

5月16日開催予定の文学フリマにSugomori文芸誌として出店いたします!
そこで今月号は、文フリにて刊行する小説を無料公開でチラ見せ!
各作家が【令和3年の〇〇】をテーマに執筆いたします。
文芸誌には他にも、作家へのインタビュー記事などの企画も掲載予定です。詳細はまた後日お知らせいたします!

 萌芽啼鳥(ほうがていちょう)、通称『もえどり』。鳥を擬人化したイケメンたちを育て、自然を守るために戦ったり、山を育成したり……という内容から派生し、異様に鳥の生態に詳しい女子や、バードウォッチングする女子を増やすなど、社会現象を巻き起こした大人気ゲームだ。
 五周年という節目を迎える令和二年、今までで最大規模のイベントも予定され、私はもちろんファンそれぞれが楽しみにしていたのだが……
「中止、だって……」
 私と同じくもえどりファンである友人、ペンネーム乙女さんとちょうどオンライン通話をしている時だった。開催時期が近付き、コロナによる不安とイベントへの期待をないまぜにしながら談笑していたが、突然公式から発表されたイベント中止宣言に、ただその文字を読み上げることしかできなかった。
 しばらく互いに言葉を失くし、オンライン通話独特のざらついたノイズが流れる。
『覚悟は……覚悟はしてたよ、一応。でも、心が全然追いつかない……』
 乙女さんの声に、うん、と声を返そうとした。しかし、言葉を発しようと息を飲み込んだ瞬間、鼻の奥がツンとする。目頭が熱くなって、音声だけの通話じゃ伝わらないと分かっていても、頷き返すので精一杯だった。
『しょうがない、よね。うん……大変な時だもん、公式もギリギリまでいろいろ考えてくれてたっぽいし、それだけでも感謝しないとだよね』
 乙女さんの言うことは最もだ。連日速報が入る本日の感染者数と、逼迫する医療現場からの報告、そして亡くなっている人たち。それを思えば、娯楽が後回しにされるのは理解できる。何より、もし開催してクラスターでも発生すれば、愛するゲームの名前が不本意な報道をされてしまうことは絶対に嫌だった。
 しょうがない。分かっている。間違ってない。
 私だって出まかせで良ければ、乙女さんのような言葉はいくらでも並べられる。でも、SNSに並ぶ運営に対する労いや優しいフォローばかり並ぶ言葉たちに、そっとスマホの画面を落とした。
『すごもり時間もますます増えたし、京さんもこれを機に同人誌書いてみない?』
 私が沈み込んでいる気配を察してか、乙女さんは殊更明るい口調で話題を逸らす。その気遣いに感謝しつつも、うーんと頭をもたげた。
「乙女さん、すぐそうやって私に書かせようとしますよね」
『だって、京さんがたまに呟くネタ面白いんだもん。あれを膨らませて繋げたら、すごい一冊ができそうだし、何より私が読みたい! ベンガルくん×オカメくんで!』
 自分の好きなカップリングで書くように言ってくるところがちゃっかりしている。まぁ、私も嫌いではないし、むしろ好きなジャンルなのだが。
「少し、考えてみます……」
『えっ、ホント!? じゃ、じゃあ年明けにオンラインイベントあるからそこで出そ! 私、デザインとか入稿とか何でも手伝うから!』
「え!? 急に話が具体的に……」
『こういうのは具体的な〆切がないと書かないからね。ちなみにそのイベント合わせだと、原稿の〆切が正月明けくらいかな。もし私が表紙を描くとしたら、十一月くらいには内容が決まってる方が……』
「乙女さんが表紙描いてくれるんですか!?」
 ご時世により同人誌即売会もオンラインが増えた。話は聞くが、一般参加さえしたことはない。そんな私がまさかサークル参加をしようとしている事実に頭が追いつかなかった。しかも、乙女さんという好きな絵師さんの表紙で本を出すなんて。
『で! どんなネタでいく?』
 ウキウキとした乙女さんの声が聞こえてくる。シャッシャッと聞こえてくる音からして、彼女は彼女で手元の原稿を進めているらしい。
 今年はこのために生きる、と決めていたイベントがなくなった。じゃあ、新しい楽しみという名の目的を作ろう。
 そうでもしないと、こんな我慢だらけの世界じゃやってられないのだから。

 問題があった。それはまさに禁断症状。
「フクロウカフェに行きたい……」
 ベンガルくんことベンガルワシミミズクの擬人化男子に惚れて以降、私の趣味は月に一度のフクロウカフェであった。しかし、お店は営業自粛。そして、緊急事態宣言が解除された後も入場制限により、お店は完全に抽選チケット制となってしまった。
 以前は平日の仕事帰りにちょろっと寄ることもできたのだが、閉店時間も早まっているため、狙えるのは土日だけ。ただ、もえどりのおかげで人気店となったフクロウカフェは、チケットの倍率が未だに高い。
「今回も外れた……」
 もはや自分の運の悪さを恨むしかないが、もう半年以上行っていない。時折、SNSで行ってきた報告をするフォローさんの呟きで癒されると同時に、悔しさで歯を噛みしめてしまう。
 そして現在一番の問題は、乙女さんに唆されて書き始めた同人誌である。ネタは決まったものの、彼のことを考えれば考えるほど彼の概念に会いたくなる。ひそかにベンガルくんそのものだな、とカフェで眺めていたベンガルワシミミズクの利休くんと触れ合って、何かインスピレーションをもらいたいところだ。
「あれ? でも、もう一枚応募していたような……」
 落選発表のメール数と応募したチケット数が合わない。まさか、と唾を飲み込んだ瞬間、新たなメールが受信された。

 久しぶりにやってきたフクロウカフェは、どこか輝いて見えた。ここに来るまでにいつも通る繁華街は人気がなく様変わりしていたが、記憶と同じ店の佇まいを見て安心する。
「十四時からの回でお待ちのお客さま。こちらで検温、アルコール消毒のお願いと、チケットを拝見させていただきます」
 フクロウカフェで顔見知りの店員さんだったが、一瞬マスクで彼女かどうか分からなかった。検温され、前髪を下ろしながら小さく会釈をすると、彼女もひらひらと手を振ってくれる。言葉を発さない、近づかない。その制限内での最大限のコミュニケーションだった。
 カフェの内装も少しずつ変わっていた。机の数は減っているし、やはり会話の禁止と原則一人での来店のため、今まで以上に静かな空間が広がっている。
 ただ、ようやく来られたという喜びが、客それぞれの目の中でキラキラと輝いていた。そうして、私の前に待望の利休くんがやってきて……──

ここから先は

1,930字
この記事のみ ¥ 200

この記事が参加している募集

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?