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【小説】誠樹ナオ「第一王女は婚活で真実の愛を見つけたい」第3話(後編)

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「いいですか、レティシア様。20代前半で美人のあなたには、まだ市場価値があります」
「市場価値って……」
人の幸せを語ったかと思えば、次にはまるで売り物のように言われ、怒りを通り越し、あっけにとられてしまった。
「その価値は、自覚のないうちにあっという間に下がっていく。今のうちに手を尽くす必要があるんです」
価値があるうちに……その言葉が、脳裏にこだまする。

「国にとって有益なことと、貴女にとって好みの相手を見つけることは相反するものではありません」

「相反しない……?」
そんなこと、これまで考えたこともなかった。
私にとって政略結婚の相手を見つけるというのは、アストゥリアの国益を考えることに他ならない。その中で、自分の望みを叶えようと考えたことなど、ただの一度もなかった。

それだけに、アスランの言葉はぐるぐると頭の中をめぐるばかりで、私の心の中に収まりどころがない。
「気づいた今がチャンスです。一緒に頑張ってみませんか? ……レティシア様が真剣であるのならば、私は全力でお手伝いをします」
その真摯な眼差しに胸を打たれ、突き動かされるようにペンを取る。
膨大にも思えた質問票の全項目を、私はしっかりと埋めきったのだった。

──

アスランが去ってしばらくが過ぎても、私はまだぐったりとソファに身を沈めていた。
「疲れた……」
「お疲れ様でございました」
テレーズが目の前に置いたのは、先ほどとは違う優しい香りのハーブティーだ。
「まさか、あいつに私の個人的な好みを根掘り葉掘り聞かれるとは思わなかったわ」

「実は……レティシア様。アスラン様のことを調べるように言われておりましたでしょう?」
「ああ、そうね。何かわかった?」
テレーズに指示を出していたことを思い出して、私は急いで居住まいを正す。

「それがですね……出自に関してはめぼしい話は出てこなかったのですが、わたくしとルイスの結婚を実現させてくださったのは、あのアスラン様でしたの」
「……なんですって!?」
「わたくしが別の方と結婚話が進んでいたことはご存知でしょう?」
「ええ、もちろん」

ルイスとは家柄も釣り合うし、幼馴染でお互いに好き合っていたのに、テレーズの実家は対立している名門ベルン家との確執を終わらせるために、その子息とテレーズを結婚させようとしていた。テレーズが家と恋心の間で揺れ動いているのを間近で見て、私もずっと胸を痛めてきたのだ。

「ベルン家はうちの所領が目的のようだったので、私の妹と結婚させることにいたしましたの。妹はかねてより、ベルン家のご子息と面識があったのですって」
「そうだったの?」
「初等学校で同級生だったのだそうですのよ」
「同級生!?」
まさか、私とお父様が肝入りで作った初等教育が、そんなところで功を奏するとは……!
庶民の教育以外にも、庶民と貴族の子女の身分に分け隔てのない交流や、貴族の社交場以外でのつながりを作る目的もあるっちゃあった。まさか、こんな身近なところでその目的が意味をなしていることに、今更驚いてしまう。

「ベルン家としては長女のわたくしとの婚姻を望みましたけど、そもそも両家を仲直りさせるための結婚なのですもの。ルイスとその……いい感じになっている私を引き離すより、面識のある妹と真に仲良くできる方がいいと、そう説得してくださったのが──」
「アスラン……ってことなの?」
テレーズが深く頷いた。

「わたくし……レティシア様のご命令といえど、ルイスとの婚儀の立役者を悪くは思えませんわ」
「それは……当然よね」
ますます混乱する頭で、この話をどう受け止めていいのかわからない。私はテレーズの入れてくれたお茶を一口、啜った。ほんわりと優しい香りに、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。

『国にとって有益なことと、貴女にとって好みの相手を見つけることは相反するものではありません』

あんなことを言うなんて……所詮は縁談に乗り気じゃない私を乗せるための方便だと思っていた。そんな要素ももちろんゼロではないんだろうけど、まさか多少は本気なのかと思ってしまう。

「なんなの……あの男」
思わず呟くと、ノックと共に侍女が私に入室の許可を求めてくる。
「レティシア様、どうしても言い忘れたことがあると先ほどの──あ、アスラン様!」
「は?アスラン!?」
言うが早いがアスランが入室し、ずんずんと私に近づいてくる。
「え、え、え……」
「レティシア様、ひとつだけお伝えし忘れたことがございました」
あれよあれよと言う間に私の眼前まで歩より、気づけば思いのほか近くにアスランの端正な顔があった。

「言い忘れって……何よっ」
「御無礼を」
思わずドキッとすると、アスランはそっと私の髪を一房手に取る。
透き通った空気と一緒に、しんと冷えた外の匂いがした。
「一体、何を……」
「黙って」
耳元を温かい感触がくすぐって、なんだろう、と思ったのか思わなかったのか……よく分からないうちに、それが彼の吐息だとようやく理解する。
彼の手が動く度に、森の中にいるような、優しい匂いがまたふわっと香る。

なんだか安心して細く息を吐くと……冷たい指が、頬にかかる髪を優しく耳にかけた。
その指はそれから、触れるか触れないかの繊細さでひんやりと頬を撫でて、髪を梳る。
何度も、何度も、惜しむように髪を梳いて……なんだか、くすぐったい。
間近に見える端正な顔立ちに動悸が爆発しそうになったその時──

「このヘアスタイル、重すぎです」
「……は?」
思ってもみない言葉に、自分の動きが固まるのがわかった。

「もう少し明るく見えるように……そうだな、巻いた方がいい。次回までにイメージを変えていただけませんか」
「な……っ!」
自慢のロングヘアをけなされて、頭に血がのぼった。何よ、みんな私みたいな美人しか、こういうストレートは似合わないって言ってくれるのに……!
「余計なお世話よ……下がりなさい!」
アスランの手を振り払い、立ち上がるとつづきの部屋へと駆け込んだ。
何よ、あんな男に一瞬でもドキッとして……私、バカみたい!

第4話は5月号に掲載予定です。
4月号は文フリ特別号の予定ですので、こちらもお楽しみに!

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