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誠樹ナオ『令和3年の保護犬事情』

5月16日開催予定の文学フリマに #文芸誌Sugomori として出店いたします!
そこで今月号は、文フリにて刊行する小説を無料公開でチラ見せ!
各作家が【令和3年の〇〇】をテーマに執筆いたします。
同誌には各作家へのインタビュー記事などの企画も掲載予定です。詳細はまた後日お知らせいたします!

 僕、ココア。あきのおわりのさむい日に、スフレといっしょに生まれた。

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ほんとうは、ほかにもきょうだいがいるらしいけど、僕はしらない。ママはいつも、
「人間は危ないから近づいちゃダメよ」
って僕たちを守ってくれたけど、つかまってレスキューっていう人たちにつれてこられた。僕たちは「ホゴイヌ」っていうんだって。
これから僕たち、どうなっちゃうのかなあ。

ここには僕たちみたいな犬がいっぱいいる。人間もたくさんいる。みんな僕たちをなでたり抱っこしたりしようとする。なんかしらないけどゴハンが出てくる。ママがゴハンをくれるのは毎日じゃなかった。ハラペコだったときもいっぱいある。でも、ゴハンなんかでだまされないぞ。ママのいうとおり逃げなきゃ。人はコワイ、コワイよ。

もうママはいない。スフレは僕が守るんだ。

ここにきてから、どれくらいたつのかなあ。
「もうすぐ春になるんだよ」
って、いつもゴハンをくれる人がいった。僕がここにきてさいしょにもらって毎日ガブガブしてるおもちゃを、
「汚いから捨てようね」
って誰かがすてようとしたけど、このゴハンの人だけはすてちゃダメだといって僕にもういちどくれた。

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おもちゃは少しキレイになってた。だから、このゴハンの人はちょっとだけ好き。
「春になるまでに家族が見つかるといいね」
だって。かぞくってなんだろう?

ある日、しらない人間がいっぱいきた。僕たちのまわりで、僕たちをずーっと見てる。ゴハンの人が、しらない人のひざに僕を乗せた。大きな手がおっかなびっくり僕をなでてる。ゴハンの人にくらべたら下手くそだけど、きもちいい。おとなしく、なでられといてやるか。

人間たちがかえったあと、ゴハンの人がうすっぺらいひらたいものにひとりでしゃべってる。変なの……
しゃべりおわると、スフレがカゴに入れられた。
待って、待ってよ!スフレをどこにつれていくんだ!!
ワンワンわめく僕はオリに入れられて、スフレはごはんの人とどっかにいっちゃった。

「実は、お預かりも譲渡も決まらなかった子がいるんです」

また、ゴハンの人がうすっぺらいひらたいものにしゃべってる。そっか、あのひらたいのは、僕たちをつれていくためのどうぐなんだ。

「テリアが好きな人は、おじいちゃんみたいな顔が好きなんですよね。ココアは、なぜか母親にもスフレにもあんまり似てなくて、狐っぽいじゃないですか」

キツネってなあに?

「ええ、ええ……和犬の血が入ってるのかもしれないですね。でもそういった犬種とか見た目に、一切こだわりはないんですよね?」

ワケン?

「犬を飼うのは初めてだということですし……難しい子なので、短期間のお預かりになるかもしれません。でも、ココアがご主人の膝の上でおとなしくしていましたし、ご家庭での飼育に慣れるために預かってみませんか?何かあってもお近くなので、すぐに迎えに行けますから」

その日の夜、僕はくるまにのせられて、しらないおうちに来た。
「ココア、ココア」
って僕の名前をよぶのは、さっきのひざの人間だ。

ぜったいだまされるもんか!

しらないばしょで一人きり。スフレはいない。ママもいない。ゴハンの人もいない。カゴの中はさみしいけど、人間は手を出せない。だから出ない。
こわくてこわくてたまらない。膝の人ともう一人の女の人が、
「パパだよ」
「ママだよ」
ってかわるがわるやってくるけど、うるさいよー。ほっといて。僕のママはママだけだ。お前らなんか何するか分からない。きっと、また僕たちをおいかけ回して、とじこめて、たたいて、ママやスフレとひきはなすんだ。
近づいてきたからうなってやると、パパさんとママさんっていう人たちはこまったような顔をして、カゴの中にゴハンをおいていった。食べられるうちに食べておかないと、次はいつゴハンがでてくるか分からない。だから、いっそいで食べておくんだ。

チャンスが来たら、僕は一人でスフレをさがしにいく。

あれれ、ママさんがカゴとオリの入口をくっつけた。

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ゴハンがオリの中。カゴから出ないとゴハンが食べられない。どうしよう、どうしよう。

お腹すいたよ。もうガマンできないよ。

こそっとオリに出てゴハンを食べると、だれかが僕を見てる。とおくでパパさんとママさんっていった人間が手をたたいて笑ってた。
ふううん、僕が食べると笑うのか。
べつにたたかれもおいかけられもしなかったから、次から、ゴハンがきたらオリに出てすぐ食べた。

何度かゴハンを食べてたら、カゴの中にずっといるのがきゅうくつで、僕は今日もオリにいる。オリのそばにはおっきい窓があって、おひさまがポカポカして気持ちよかった。
「ひなたぼっこしてるの、ココア?」
ママさんっていう人は、おっかなびっくりオリの方にちかよってくる。この人、僕がカゴの中にいると、近くでいつもじーっとして、優しい声でココアって呼ぶ。何日も、何日も。日が落ちると、パパさんの方もいっしょに呼ぶ。
さみしくなってほんの気まぐれでこっちからちかよってみたら、ママさんはすっごくよろこんで僕をなでた。

ふ、ふん。ちょっとだけなら仲良くなってやってもいいんだからな……

そのうちママさんは毎日オリの前で、僕のことをなでてはゴハンをおいていく。外に出たら、もっとなでてくれるのかな……

でも、こわくてこわくてオリの入り口でウロウロしてたら、ママさんがびっくりした顔をして、カゴとつながってたオリをママさんの方に向けた。入口の前にふかふかしたタオルもおいてくれた。

よ、よし……いっちょ行ってみよっかな……

「ココア〜……」

オリの外に出てママさんにちかよってみたら、ママさんはびっくりするくらい泣き出した。え、えええ。なんで泣くの。いちどまたカゴにひっこんだけど、ママさんがあんまりおいおい泣くから、また、そろそろちかよった。
「びっくりさせてごめんね」
ってママさんが笑ってくれた。僕もママさんの手をなめたら、ママさんがよしよしって頭をなでてくれた。

ママさんとちょっと仲良くなったある日、
「明日は一日お別れよ」
ってママさんが泣きそうな顔でいった。よくわかんなかったけど、ママさんがあんまりさみしそうだからぺろぺろお口なめてあげた。ママもスフレもそうするとよろこんだのに、ママさんはますますかなしそうな顔をする。

次の日、僕はまたくるまにのってレスキューのばしょに連れてこられた。

ああ……だからママさんが「お別れ」っていったんだ。
僕はまたすてられたのかな。

連れてこられた広いとこには、スフレがいた。スフレ、スフレー!!
スフレはなんだか楽しそうだった。いつもの顔がまあるくやさしくなってる。
「どうしたの?」
って聞いたら、パパさんとママさんがいい人だったんだよって。ゴハンがいつもでてくるし、スフレがなくといつもなでてくれるし、トイレをいつもきれいにしてくれたよ。
あれ、それってパパさんとママさんもしてくれたな。そういう時ってどうしたらいいの?って聞いたら、
「なでてる間おとなしくしたり、近寄ったり、抱っこさせてあげたらいいんじゃない」
ってスフレがいうんだ。

スフレは僕が守ってあげなくても、もう僕よりずっと大人になった。僕は、パパさんとママさんにそんなことあんまりしてあげなかった。やっぱり、すてられちゃったのかもしれない。

その日は他の犬もいっぱい集まってた。チワワのお兄さんは、
「キンキュージタイセンゲンの間、ステイホームで犬を飼いたいって若いご夫婦に引き取られたんだけど、毛が抜けるなんて聞いてない」
って返されてきたんだって。コトバはむずかしかったけど、チワワのお兄さんがすてられたんだってことはわかった。ゴハンの人が、
「ちゃんと最初に説明したし、そんなことで返しにくるような生半可な覚悟で迎えてほしくなかったです」
っていってくれたんだけど、いんすたぐらむ?っていうので、
「あそこのレスキューはろくに説明もしないでひどい犬を押し付けてくる」
って書かれたんだよっていう。

「結局、人間なんてそんなもんなんだ。ここに戻ってこられただけでもラッキーだと思うんだね」
お兄さんはしょぼぼんとして、もうふにもぐりこんだ。僕もまねっこしてタオルにもぐって、その日はいつのまにか寝ちゃったみたいだった。

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