ガラスの加工技術を磨き続けてきた企業が、新規事業に挑戦した本当の理由
高度経済成長の頃の活気も今は昔話となり、海外製品の流入、新興国の台頭、情報格差の減少などなど、さまざまな要因が重なり、加工製造業はさまざまな課題に直面しています。
そのような中で、「新規事業」に取り組む企業が増えてきています。しかし、新規事業とはいったいどういうものなのでしょうか。
それまでに行ってこなかった事業、これまでとは違う業種、業態、製品、販売方法に取り組むことを新規事業と呼びますが、その新規事業をどう評価するのかは十分に考えられていないかもしれません。
もちろん、売上を出すこと、「成功」すること、新しい事業の柱となることを目指していることは間違いないものです。しかし、新規事業という長期にわたるプロジェクトをそれだけで評価してもいいものでしょうか。
この新規事業に新しい価値を発見している企業が東京は青梅市にあります。ガラスの加工の高い技術を持つ硝子メーカーである株式会社鬼塚硝子です。
今回は、株式会社鬼塚硝子で新規事業に取り組まれている田中勝さんにお話を伺いました。
国内トップシェアの硝子メーカー
株式会社鬼塚硝子は、現会長の鬼塚好弘氏によって、1967年に創業されました。ガスバーナーを使ったガラスの成形や真空成形など、創業当初からガラス加工のノウハウを磨き続けてきた、技術力の高いガラスの製造メーカーとして信頼されています。
それを象徴するのが「毎日1mmの階段をのぼりなさい」と現会長が大事にしていた言葉です。技術の進歩は、一足飛びにはいかないものであること、日々の努力が大きな力になることを、強い信念として持っています。
そのような技術の進歩とともに、現在の鬼塚硝子は、血液分析用のガラス試験管の製造で国内トップのシェアを誇ります。
そのほかにも、膨張率の違うガラス同士を接合する段シール加工という技術や、金属とガラスの接続を可能にしたハウスキーパーシールという技術など、他のガラス加工メーカーではあまりみられないような技術を持っています。
新規事業は、硝子に拘らなくていい
このような技術力の高い鬼塚硝子が新規事業について考え始めたのは、コロナ禍の影響からでした。
工業用製品、医療用製品を主に製造しているため、商社やメーカーなどの動向に業績が大きく左右されてしまうという懸念点が、改めて浮き彫りになってしまいました。この時点で、事業のバトンは創業者の娘である鬼塚睦子さんに受け継がれていました。
技術力の高さ、「1mmの階段をのぼる」という努力への強い意志を受け継ぎながら、より広く可能性を追求していこうと、人をもっと育てていこうという新しい風が会社に吹くようになりました。
その風を受けて、2021年度に東京都中小企業振興公社が主催した「事業化チャレンジ道場」への参加を決定しました。その時に声をかけられたのが、田中さんを含めた3名の社員でした。
このチャレンジ道場の目的は、もちろん新規事業を作ることですが、この時に、田中さんが社長からかけられた声が、硝子に拘らなくてもいいよ、というものでした。
それでも、硝子だった
およそ、1年間のチャレンジ道場の中で、田中さんは、製品開発の仕方、コンセプトの作り方などなど、新規事業に必要な講義と演習を受けていきました。
そして、この取り組みの仕上げとして最終プレゼンの時に、発表した製品が現在のMiru-flameのプロトタイプとなりました。現在、発売準備中のものと比べても大きく変更がないほどの、完成度の高い状態だったそうです。
それが、ガラス製の風防「Miru-flame」です。
新規事業の構想を始めるときに、ガラスにこだわる必要はないと声をかけられたものの、自社の強みや有形無形資産を考えていった結果、ガラスを使った製品にたどり着いたのでした。
そして、キャンプギアにたどり着いたのは、コロナ禍の中、新規事業を考え続けてきた結果だそうです。外出が今よりもずっと厳しかった頃、街中への外出ではなく、山や森へと足を伸ばすことで、リフレッシュしようという意識が高まっていきました。このような社会の流れも踏まえて、キャンプとガラスこれまでになかった組み合わせが生まれました。
とてもシンプルな作りのガラスの風防ですが、実は技術的にはとても難しい加工を施されています。というのも、ガラスの上下の口に当たる部分が波打つようなデザインになっていますが、この加工は一つ一つ手作りによる作業で実現されたそうです。
まさに、ガラス加工の高い技術があったからこそ、誕生したプロダクトです。
新規事業からの人材育成
この新規事業がどうなるかはまだわからない。それでも、新規事業を通して多くのことを学びました、と田中さんは話してくれました。
単純に仕事量は増えてはいたけれど、充実感もやりがいもあって、前向きに取り組むことができている、と。
なぜそのように前向きに取り組めているのか。その理由は、社長を含めた会社全体の雰囲気でした。新規事業は、新しい事業の柱を作るために行っているという大前提はありつつも、それと同じくらい、チャレンジが大切だという考えが浸透していると言います。
新しいことをやる、これまでやってこなかった取り組みに果敢に挑戦する、それを若手の社員に経験させる。その中での成長がとても大切な価値であることが共通認識として社内に根付いています。
製造業の多くは、人材難に苦しんでいます。そのような中で、今いる人をどれだけ大切にできるか、どれだけ成長させられるかという課題。さらには、新しい人材を積極的に採用できるか、若手を抜擢できるかという課題。
この課題に対して、鬼塚硝子は、新卒採用への積極的な取り組み、研修制度の充実など基本的なことを丁寧に行いながら、それと同時に、新規事業というチャンスを存分に生かしています。
その先に、ガラスに拘らないガラスメーカーが誕生するかもしれませんし、その会社の中には、活気ある人材のエネルギーが溢れている、そんな未来図が描かれているのかもしれません。
中小企業が変われば、日本が変わる。その思いをもとに、今まさに変わろうとしている、新しい挑戦に取り組んでいる、チャレンジしている中小企業をご紹介しました。
株式会社鬼塚硝子の新規事業への取り組みは、製造加工メーカーに勇気を与えてくれるものだと思います。
「Miru-flame」のインスタグラムはこちらへ
株式会社鬼塚硝子のホームページはこちらへ
それでは、次回のnoteもお楽しみに。