自信たっぷりの間違いほど学びにつながる
「絶対にあっていると思い込んでいたことが実は間違っていた」、という経験はありますか?僕は中学生まで「服部」という苗字は「ふくべ」という読みだと思い込んでいました。中学入学の際、新しいクラス内で赤っ恥をかいたことは今となっては良い思い出です。誰しもが経験したことがあるであろう、こうした自信たっぷりの間違い。これらの間違いと学びの関連性について調べた研究を今回は紹介します。
結論
強い確信を持っている知識が誤っていることが判明すると、通常の知識が誤っていることが判明した時と比べて、より強い学びにつながる。
研究の背景
この研究はこれまで紹介してきた研究と違って、「研究者の予想に反した実験結果が得られたことで、発見につながった」というものなので、その背景を簡単に紹介します。
私たちの記憶は一つの情報ネットワークとして考えることができます。例えば、「江戸時代の初代将軍は?」という質問に対して、「徳川家康」と私たちが答えることができるのは、「江戸時代」「将軍」という情報と「徳川家康」という情報が頭の中に結びついているからです。こうした情報と情報の結びつきは、日々更新されたり強化されたりしています。例えば、教科書の中で改めて「徳川家康は江戸幕府を開いた」という文章を読んだり、家康が活躍するテレビの時代劇を見たりすることで、よりこうした情報のつながりが強固なものになっていくのです。
この考え方を延長していくと、記憶にも「強弱」があるのではないか、という仮説にたどり着きます。例えば、江戸幕府の初代将軍は徳川家康、という情報は多くの日本人にとって比較的強い記憶だと考えられます。これはこの情報に触れる頻度が日常の中で比較的多く、ネットワークが強化されているからです。一方、江戸幕府の八代目将軍が徳川吉宗であったことは相対的に知られていませんよね。このように、記憶には強弱があり、さらにこの強弱について私たちはある程度メタ認知しています。「江戸幕府の初代将軍は?」という質問に対して自信を持って「徳川家康」という答えを導くことのできる人に比べて、「江戸幕府の八代目将軍は?」と聞かれて「徳川吉宗」という答えを導くことのできる人は少ないでしょう。仮に正しい答えを導くことができるとしても、「多分徳川吉宗だったと思う・・・?」ぐらいのニュアンスの人が多いのではないでしょうか(暴れん坊将軍ファンの方には申し訳ありません)。まとめると、記憶には「強弱」が存在し、この強弱は私たちがこの情報を外部に発信する際の自信の程度と深いかかわりを持っていることが考えられます。
では、この強い記憶が実は誤った情報だった場合、いったいどうなるのでしょうか?この質問こそがこの論文の本題にあたります。例えば、何らかの理由で「江戸幕府の初代将軍は徳川家光である」と間違えた知識を確固たる自信を持って信じている人がいた場合、この人は「江戸幕府の初代将軍は家康だよ」という言葉を受けた時どう反応するのでしょうか?正しい情報を学びなおすことはできるのでしょうか?この問いに対し、作者たちは当初、「強い記憶は更新されにくい」という仮説を提唱しました。記憶は情報ネットワークである、という考え方に立ち戻ると、より強固なネットワーク(強い記憶)ほど覆されにくい、という仮説はある意味自然ですよね。この仮説を検証するべく、研究者は以下の実験を行いました。
実験内容
米国の大学生19人を対象に、以下の実験が行われた。実験は大学生一人一人を対象に、個別に行われた。
① 事前準備として、あらかじめ一般知識に関する問題が150問用意された。(例:オーストラリアの首都は?)
(以下、第一フェーズ)
② 参加者に対し、実験者が一問ずつランダムな順番で問題を出題した。
③ 参加者は出題された答えに対して解答し、さらに自分が導いた答えに対して持っている自信の程度を-3(必ず間違っている答えだと思う)から+3(必ず正しい答えだと思う)の7段階で答えた。
④ 参加者の答えが正解だった場合、実験者からその旨が伝えられ、次の問題が出題された。一方、不正解だった場合、実験者からその旨が伝えられ、正しい答えが教えられたうえで次の問題が出題された。
⑤ 参加者の正解数・不正解数が共に15問を超えるまで、②~④の手順が繰り返された。
⑥ ②~⑤のステップが終了後、参加者には気を紛らわせるための複雑な論理パズルが与えられた(実験の目的とは無関係)。この間に、実験者は参加者が正解した問題の内から15問、誤って答えた問題の内から15問を無作為に選択し、次のステップで使う合計30問のデッキを作成した。
(以下、第二フェーズ)
⑦ 5分後、実験者は再び参加者に対し、新しく作成した30問のデッキの中から、ランダムな順番で問題が出題した。
⑧ 今回は参加者は一つの解答を示すのではなく、質問を聞いて最初に頭に浮かんだ3つの答えを示すように指示された。そしてそれぞれの答えに対して、自信の程度を+3から-3の七段階で示すように指示された。最後に、参加者は自分が提示した3つの答えから、最終回答として一つ選び、実験者に示した。
⑨ 参加者の答えが正解だった場合、実験者からその旨が伝えられ、次の問題が出題された。一方、不正解だった場合、実験者からその旨が伝えられ、正しい答えが教えられたうえで次の問題が出題された。
⑩ 選ばれた30問全てが出題されるまで、⑦~⑨の手順が繰り返された。
結果、以下二つの傾向が見られた。
1. 第一フェーズで誤って答えられた問題の中で、高い自信が示された問題と低い自信が示された問題を比較すると、当初高い自信が示された問題の方が第二フェーズで正答率が高い傾向が見られた。
2. 第一フェーズで誤って示された解答の内、高い自信が示された解答と低い自信が示された解答を比較すると、高い自信が示された解答の方が第二フェーズで「最初に頭に浮かんだ3つの答え」に高い確率で含まれる傾向が見られた。
以上をもって、研究者は以下の結論を導いた。
1. (当初の仮説に反して)より高い自信の記憶に基づいた間違いの方が低い自信の記憶に基づいた間違いより修正されやすい。
2. しかし、高い自信の記憶が低い自信の記憶と比較して簡単に削除されるわけではない。これは高い自信の記憶が比較的「最初に頭に浮かんだ3つの答え」には残りやすい傾向が高かったことから推測できる。
すなわち、「江戸幕府の初代将軍は徳川家光だ」という情報を強く信じている人に対し、「家康だよ」という情報を伝えると、「江戸幕府の初代将軍は徳川家康だ」という情報はより強く記憶として残ります。しかし、「江戸幕府の初代将軍は徳川家光」という情報もすぐに削除されるのではなく、ある程度は記憶のネットワークの中に残り続けるのです。
編集後記
自信を持った間違いほど、驚きや恥じらいなどの強い感情が伴うため、より正しい情報が印象に残るのではないか、と今では考えられています。適切な例かはわからないのですが、僕は未だに「服部」という苗字を見ると、これは「ふくべ」と読むのではなく「はっとり」なんだよな、という事を改めて考えることがあります。おそらく「ふくべ」と間違えて読むことは一生ないでしょう。
自信を持って間違えてしまうことは、やはり恥ずかしいですよね。が、しかし、そうした時ほど、新しい学びを得るチャンスなのかもしれません。
文責:山根 寛
Butterfield B, Metcalfe J. Errors committed with high confidence are hypercorrected. J Exp Psychol Learn Mem Cogn. 2001 Nov;27(6):1491-4. doi: 10.1037//0278-7393.27.6.1491. PMID: 11713883.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?