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超過勤務の自発性・報酬と、疲労・仕事への満足度の関係性

日本の公教育では、教育現場は、教員の専門的な知識や技能に基づく自発性・創造性によって運営されるべきという考えのもと、制度が設計されています。
そのため、全ての業務が管理職の命令にしたがって遂行されるわけではないことや、管理職が直接業務実態を全て把握することが難しいことを踏まえ、教員には残業時間(超過勤務)に応じた「残業代」は支払われません。代わりに、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」に基づき、月給の4%(※1)が上乗せされています。

一方で、近年の教員の長時間労働を踏まえ、4%という上乗せは不十分ではないか、残業代が支払われないことで時間管理の意識が働かず、長時間労働の改善を妨げているのではないかと指摘されています(※2)。
根本の問題として考えられるのが、現状、教員に明示的・暗示的に期待される仕事の量や質が、個人の自発性・創造性によってコントロールできる域を超えているのではないかということです。

※1: この4%は、給特法が制定された約50年前の残業時間(約8時間分)に基づきます。
※2: 参考 給特法の改善を求める署名運動埼玉における超過勤務訴訟

この問題を考えるにあたって、超過勤務の自発性や報奨有無と、労働者の疲労や仕事への満足度の関係を検討したオランダの研究を紹介します。
全産業を対象としており、教育業界に限った研究ではありませんが、参考になればと思います。

キーテーマ

超過勤務における自発性・報奨、疲労・仕事への満足度、相関研究

結論

  • 非自発的な超過勤務は、相対的に、疲労を高め、仕事への満足度を低める傾向にあった。特に、超過勤務に対してお金や時間による報奨がない場合、その傾向は強まる。

  • 自発的な超過勤務は、お金や時間による報奨がない場合であっても、相対的な疲労へは繋がらず、仕事への満足も保たれていた。

  • なお、これらの結果は仕事や個人の性質の影響を調整した後でも見られた。

研究デザイン

  • オランダのフルタイムで働く労働者(産業問わず)2,311人にアンケートを行い、超過勤務の自発性やお金・時間による報奨有無と、労働者の疲労や仕事への満足度の相関関係を分析した。

  • 全体のうち、超過勤務を経験しているのは1,612人であった。

  • 全体のうち、超過勤務の種類が自発的(自分が行いたいため)、非自発的(上司からの要請または同僚からの期待のため)、またはその両者の混合であるのは814人であった。

結果

超過勤務の自発性・報奨有無と、疲労への関係(Figure 1)

  • 超過勤務が非自発的であると、疲労との関係が高まる。超過勤務に対してお金や時間による報奨がない場合、特にその傾向が見られる。

  • 超過勤務が自発的であると、報奨がない場合でも、比較的疲労は見られない。また、疲労との関係性において、自発的な超過勤務に報奨がある場合とない場合では、統計的に有意な差は観察されなかった。

超過勤務の自発性・報奨有無と、仕事への満足度の関係(Figure 2)

  • 超過勤務が非自発的であると、仕事への満足度が低まる傾向が見られる。超過勤務に対してお金や時間による報奨がない場合、特にその傾向が見られる。

  • 超過勤務が自発的であると、報奨がない場合でも、仕事への満足度は比較的高い関係が見られる。また、仕事への満足度との関係性において、自発的な超過勤務に対して報奨がある場合とない場合では、統計的に有意な差は観察されなかった。

なお、上記の結果は仕事の性質(超過勤務の長さ、仕事の大変さ、仕事の多様性、仕事における権限の強さ)や個人の性質(性別、年齢、学歴、所得水準)の影響を考慮しても変わらなかった。

上記、結果を踏まえ、筆者は

  • 労働者の自発性が担保される状況では、ある程度の超過勤務は大きな問題にはならない。

  • 適切な報奨は、非自発的な超過勤務のマイナス影響を相殺する可能性がある。

  • ただし、これらの結果は「ある程度の超過勤務」に対するものであり、長すぎる超過勤務は報奨があったとしても健康に悪影響を及ぼす可能性があることを留意すべきである。

と述べている。

留意点

上述の通り、当研究はオランダの全産業を対象としたものであり、教育業界に限った結果ではありません。特に、日本の教員の状況と比較すると超過勤務が短いサンプルであること(超過勤務の週平均が7.5時間)に留意が必要です。

また、超過勤務の「非自発性」は「上司からの要請」または「同僚からの期待」という表現であり、明確な指示のもと行っている場合と、「空気を読んで」行っている場合が混合されている可能性があります。加えて、アンケートにおいては、超過勤務の理由として、上記の自発性・非自発性以外にも、自分が楽しんでいる、仕事が終わらない、報奨を受けるためといった選択肢も用意されています。そのため、当研究が対象とする「自発性・非自発性」が何を意味するのかを考慮の上、結果を解釈する必要があります。

エビデンスレベル:相関研究

編集後記

法律上、日本の教員の超過勤務の多くは、教員個人の「自発性」に基づいて行われているとされています(※1)が、実際は学校や教員以外が担うべき業務、環境が整備されればより効率的に行える業務も多く「多くの超過勤務が非自発的であるのに報奨がない」というのが現場の体感ではないでしょうか(※2)。

※1 超勤4項目と呼ばれる業務(実習、学校行事、職員会議、非常災害)以外、教員に時間外勤務を命ずることはできないため、当4項目以外は教員の自発的な時間外勤務とされています。
※2 なお、文部科学省による「学校における働き方改革特別部会」では、学校の業務を a) 基本的には学校以外が担うべき業務、b) 学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要がない業務、c) 教師の業務だが、負担軽減が可能な業務と整理しています。

一方で、超過勤務に対して報奨を支払うことになると、時間ベースの管理のもと、教員の裁量が制限され、日々の子どもの状況に合わせて、柔軟に対応することが難しくなることも考えられます(教員の主体性・自律性を尊重することの重要性を紹介した以前の記事もご参照ください)。

なお、今回、紹介した論文が指摘する通り、長すぎる超過勤務は報奨があったとしても健康に悪影響を及ぼす可能性があります。前提として、いわゆる「働き方改革」の推進が必要であることは言うまでもないですし、報酬は人材確保の観点からも検討されるべきでしょう。

その上で、「自発性を発揮できる環境にあるか」は経験年数や役職によっても異なると考えられます。そのため、自発性 vs 時間管理の二項対立を超え、教員のキャリア設計をどのように考えるかを踏まえ、検討する必要があるのではないでしょうか。

スゴ論では週に2回、教育に関する「スゴい論文」をnoteにて紹介しています。定期的に講読したい方はこちらのnoteアカウントか、Facebookページのフォローをお願いいたします。
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過去記事のまとめはこちら

文責:井澤 萌

Beckers, D. G. J., Kompier, M. A. J., Taris, T. W., & Geurts, S. A. E. (2008). Voluntary or involuntary? Control over overtime and rewards for overtime in relation to fatigue and work satisfaction. 20.


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