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#3 超スロースタートの創業

起業当時の状況を整理しようと思う。
まず2011年3月に大学を卒業したわたしだったが、卒業してすぐ無職になったわけでもなく、学生時代からの所属先2ヶ所から、給料をもらっている状態だった。
ひとつは以前から関わっていたNPO。そして、もう一つは大学の研究室から。
正直、いくらくらい給料をもらっていたかは覚えていないのだけど、併せれば新卒の初任給くらいにはなったはずだ。

一番最初にコーヒー販売した日

卒業後の4月に、地元浜松でおこなわれたアースデイはままつというイベントに出店した。
はじめて商売をした、記念すべきイベント。(その後、アースデイの名前を継承してわたしが所属する任意団体が、「アースデイはままつ」を主催することになったのは不思議な縁だ。)

2018年にわたしが所属した団体で主催したアースデイはままつ


地元の元バイト仲間を頼り、黒い腰エプロンを2枚発注し、それ以外にも商品を陳列するかごや布を用意して。
出店に必要なタープは高校の同級生に借りた。

肝心の商品だが、販売したのは、実はコーヒーだけではなかった。
NPOで関わりのあった長野県の遊休地を活用して育てた雑穀各種。
それにソロモンのはちみつ。
そこにメキシコ・マヤビニックが加わった。
コーヒーはどうしたかと言えば、大学のプロジェクトで関わりがあり、当時、マヤビニックからコーヒー豆を輸入していた名古屋市にある齊藤コーヒーから、パック商品を仕入れることができた。
本来は1箱に200gが24個入ったコーヒーを最低3箱(つまり合計72個)仕入れる条件があったのだが、融通をしてもらい、豆と粉を1箱ずつ仕入れることができた。
当時住んでいた藤沢市から浜松への出張出店であることや、全部商品を売り切ることはできなかった時点で大赤字だったと思うが、そのあたりを何も考えずに、ただひたすらイベント出店が叶ったことに満足していたように思う。
その後は藤沢市を拠点に、横浜で月に1回程度、マルシェに出店。やはり同じように、仕入れと売り上げをしっかり把握せぬまま、販売開始時よりも10枚から20枚くらい増える千円札で、満足していた。
そのわりに、どうやったら伝わるのか、と声掛けなどにさまざまな工夫をしていた。
フェアトレードのコーヒーはいかがですか?
と声をかけてみたり、フェアトレードというと、まるでチャリティのようで、味が追いついていないのではないか、というのが当時のフェアトレードコーヒーに対する評価だったこともあり、敢えてフェアトレードとは言わずに、
コクもあってバランスの良い農薬を使っていないコーヒーはいかがですか?
と言い方を変えてみたりと試行錯誤をしていた。

月日は流れ、8月1日にはじめて税務署に開業届を出しに行った。大した手続きが要らず拍子抜けしていた。
「大学を卒業したら起業をする」
とまわりにも言っていたわたしだったが、会社登記までなかなか踏み出せずにいた。

創業前にもらった創業祝い


一向に会社登記をしないわたしに痺れを切らしたのか、友人のひとりから、
「用意していた創業祝い、もう渡しておくね」とボールペンをいただいたのをきっかけに、わたしは会社登記に動き出した。
10月24日の誕生日で32歳になる4日前に、ネットで見つけた会社登記を手伝ってくれる横浜の会社に依頼、あっさりと株式会社豆乃木が誕生した。

なぜ法人登記したのか、そして、創業間もなく訪れたビッグチャンスについて、次の機会に振り返ってみたいと思う。

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