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その時デザイナーは何を見ていたか

●ノベルジャム2018参加記録 序

これからノベルジャム2018におけるデザイナーの参加記録を書いていきます。なぜ書くのかを以下に記します。

デザイン、とリわけ商業におけるグラフィックデザインはいわゆる「創作」とは違い、それ自体が何かの価値を持つものではなく、情報の橋渡しをするコミュニケーション手段です。ゆえにこのようなイベントを契機に、セルフパブリッシングにおけるデザインの役割についての議論が進むのは良いことと思います。
著作の創作に目がいくノベルジャムですが、その時デザイナーはどういう目線で物を作っていたのか、を記していく事にもそれなりの意味があるように思うので、少しづつですが書いていきます。

もちろんn=1なので個人の感想です。この職業の人々を代表しているものでは全くありませんし、ヘタな事もダメな事も全て自分の責任です。しかし特に今回のイベントのデザイナー枠の中で、主にAD・SPの界隈をメインの仕事場にしているのは、どうやら自分だけであった事もあり(実は意外でした)、特に有名ディレクターやスーパーデザイナーでもない、広告やプロモーション、パッケージ、VMD といったセールスに関わるビジュアル開発に絡んでいるごく一般的な商業デザイナーの思考プロセスは存外知られていないのかもしれない、と感じ、そのような意味でも記録しておこうと思ったのでした。

というかですね、別項で書いているデザインノートに対してフツーに文章うまいとか、言語感覚がシャープ、など何人かの方に色々とホメてもらえ、あろうことか「小説書いて欲しい」とまでブログで仰っていただき、なんというかものすごい勢いで調子に乗ってしまったわけです。

で、です。デザインはやはり黒子であって、本そのものではありません。冒頭述べた通り価値を伝える何かであって、価値そのものではない。それは元デザイナーであったという審査員の海猫沢めろん先生に「ぶっちゃけデザインが中身の評価に影響しました?」と聞いたら「あ、それはありません」とちょう力強く断言してくださったのでマジで確かなことなのです。(※)

デザインは創作ではない、という点については異論もあると思います。今回デザイナーとして参加された方の中には油絵を描く方も、イラストレーションで活動されている方もいました。書籍の場合、顔となる表紙もまた創作物の一部であり、著者と共により高度な作品として作り込んで行く、そのような作家性を打ち出すアプローチは本当に素晴らしいと思います。例えば建築はじめプロダクトのデザインなどは、フォルムそれ自体にユーザーオリエンテッドが宿っているので、これらのデザインは価値の本体を生み出していますし、書籍もまた、そのような捉え方が可能なジャンルだと思います。

一方で、あくまでも添え物であり、価値の本質ではない、という商業(主に広告やプロモーション領域)デザインの考え方もあり、自分の場合は後者です。少なくとも「コミュニケーションの開発」という視点でずっとこの仕事に関わっており既に骨までしみているので、以下デザインという概念については、ざっくりそのような前提で進めてまいります。

というわけではじめます。まずは前夜のことからです。(以下「ですます」から「だ、である」に、一人称は主に「僕」に変わります)

(1へ続きます)

※のちに伝え聞いたところ初読では表紙はご覧になっていたかったらしい。なので純粋に作品として評価する姿勢なんだと思います。

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デザイン会社の中間管理職
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