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NovelJam'2019、デザイナーの役割と評価と制作のヒントについて(下)

激闘の歴史

ノベルジャムのデザイン評価、また評価に向けたモチベーションのありようについて話す前に、ノベルジャムデザイナーの歴史を話さなくてはならない。というわけで波野Pをデザイン方面でサポートする運営、杉浦Dです。

2017年第1回、デザイナーはまだ各チームに配属されておらず、日本独立作家同盟(現HON.jp)の声かけにより集結したデザインチームが全作品のデザインを手がけた。当時の話を聞くに、品質の平均化を目指してディレクションされていたという。確かに表紙のクオリティにあまりにバラツキがあったなら売上競争に影響を与えかねないし、ゆえにこの時デザインはまだ評価の対象ではなかった。

そうして僕が初参加した第2回(ノベルジャム2018)からデザイナーの公募が始まった。装丁デザインを中心に評価する山田章博賞も創設され、8名のデザイナーによる都合16作品の装丁が競った。その時、当時の運営さんから「デザイナー公募は時期尚早との意見もあった」という話を聞いた。けれど結果としてバラエティ豊かな装丁が生まれ、デザインで競う下地が出来たので公募は大正解だったと思う。
参加したデザイナーも、プロのエディトリアルデザイナーから広告デザイナー、イラストレーター、漫画家から油絵画家(!)まで幅広く、そのような異世界住民と交流ができただけでもデザイナーとして参加した意味はあった。しかし山田賞が創設されたとはいえ、まだデザイン単体が講評される段階ではなかった。

第3回(ノベルジャム2018秋)もデザイナーの扱いは第2回と同様だったが、着実にレベルは上がっていった。そのほとんどがプロとして仕事をしているデザイナーやイラストレーターで占められ、中にはライブペインティングを会場で行う者や、変わったところではUIのデザイナーも参加していた。第2回に増して個が強い面々で、本戦後にNovelJamデザインDayとして、チームを横断したデザイナーズイベントも参加者の手で開催され、また本戦に先立っては公式のデザインイベントも開かれていた。

一方、後日のグランプリアワードではデザインに対する言及は山田賞以外になく、非常に失望したのを覚えている。登壇された審査員の方からも全く持って触れられず、個人的にブチ切れて朝まで秋葉原で飲んでしまったほどだった。あの3日間はなんだったのか、著者、デザイナー、編集者「3者でつくるライブパブリッシング」じゃなかったのかよ。

しかし考えてみれば当然のことで、優れた文芸者であれど、デザインを評価するプロではない。表現者として一流だからこそ、自分の専門範囲外のことは軽々しく口にしないのだ。だから講評でデザインに触れないのはデザインを蔑ろにしての事ではなく、むしろ敬意を持った真摯な態度とさえ言える。だがしかし、寂しいじゃないっすか。

だったら作るしかない

だから、デザインを「好き嫌いの感想」ではなく一定の基準を持って賞することに、今回NovelJam'2019からはなります(個人的になそのために運営に入ったようなものです)。
オリエンテーションでは優秀1作と説明があったけれど、デザインがそもそも持つ評価軸の多様さ、そして表現の豊かさを期待して「設計としてのデザイン」「アート表現としてのデザイン」について最低でも2つ以上の賞を用意できるよう進めている。
また予想外に対する柔軟な対応もノベルジャムの伝統なので、ぶっちぎった突破者に対しては特別な賞がいきなり生まれる可能性も(かなり)あるだろう。

デザイン審査団は3名、それぞれの世界で名うての方達。真剣に議論し、評価されると期待してくだい。

そのプライズについて

ノベルジャムにおける作品の評価ポイントは、まず「小説本体」。デザインはそれを補強する位置付けだ。
例えば映画。映画のポスターやキービジュアルがいくら優れていても、本体がスカスカであったなら絶対に評価されないだろう。本も同じだ。だからノベルジャムの「作品賞」が「小説作品」に与えられるのはごく自然のことだ。

特に過去大会では書誌情報の制作もまったく手付かずの、BCCKSでの造本作業に入る前の「できたて生原稿」で即日審査に入るスケジュールもあり、デザインが小説評価に関与する余地はほぼなかった。オリエンテーションで米光先生が言っていたのはそれだ。まず小説本体を吟味し、それでも拮抗した場合にプレゼンの迫力とデザインが最後の一手を押す(かもしれない)。「作品賞」はそのような評価姿勢であると思う。
今回は審査の段階で表紙が付くので、査読の前に表紙の力で審査員にメッセージすることが可能になるが、それをどう受け取るかはもちろん審査員次第だろう。

確かにデザインはこのイベントの主役ではない。小説のカバーは、小説の価値そのものではない。しかしデザインは価値を視覚化し、まだ見ぬ読者に力強くメッセージを伝えることができる。原稿のままでは販売のスタートラインにすら立てない小説の命を、見える形で世界に提示する重要な役割に矜持をもてないデザイナーなど、ノベルジャム参加者に限っていないとぼくは信じている。

だから「作品賞」とは別に「デザイン賞」が設定された。もちろん、アウトプットのクオリティによっては授賞なしもあり得る。小説と同じく、今回からは厳しい評価にデザインも晒されるはずだ。

そしてグランプリアワードがある。これは販促活動の多彩さ、実際の売り上げ、表紙も含めた総合的な「本」の品質、それらが評価される。
インパクトのある書影は見込み購入者のトライアルを促し、売り上げに貢献するし、コントロールされたキャンペーン全体のビジュアルクオリティはコンテンツの信頼度を大きく向上させるだろう。グランプリアワードはそこも当然評価対象となるから、デザイナーの腕を見せる場面は自力でいくらでも創出できる(もちろん創出しなくてもいい)。
以上がデザイナーにとってのプライズのありようだ。

デザイナーのモチベーションの置き所

波野Pが「なんのためにNovelJamに出るのか」についてnoteに記していたので、デザイナー目線でそれは書かずばなるまいと、謎の使命感により考えた。

確かにノベルジャムには、デザイナーにとって見える形でのインセンティブが織り込まれてこなかった。今回は賞と講評が用意されたけれど、賞品や賞金が出るわけでもないし、イベントに出たから有名になれるわけでもない。印税もちょっとだ。夢がない、そんな声も正直聞こえてくる。
最低限のルールと、スタートとゴールが用意され、後は自由。そんな野良試合に、デザイナーがどう臨めばよいのか。

なんてね!
しゃらくさい。世界中のデザイナーが毎日毎日終わらない仕事を続けているのは何のためか、考えれば簡単だった。
昔、noteにそんなことを書いた。今でも考えは全く変わっていない。

課題を解決し、体験の質を上げ、見えないものを現し、人と何かをつなぎ、そうして人間と社会に幸福と平和をもたらす。大げさではなくそれがデザインという仕事の芯

ノベルジャムに、デザイナーに対する具体的なメリットは「用意されていない」。だいたい「本の表紙をつくる」以外の課題すら示されていない。

解決すべき課題も、享受するメリットも、デザイナーは自ら創らねばならないし、創る側の人間であって欲しいと思う。
優れた疑問を持ち、多くの課題を発見し、デザインの力で全力で解決する。その過程で得たものがご褒美ですと言ったら「やりがい搾取」とか言われるかもしれないけれど、「作家と並走してビジュアルで応え、ともにコンテンツを生み出す」そんなデザイナー体験ができることは稀だし、得るものは少なくない。

道がなければ拓けばいいのだし、欲しいものは作ればいい。それがデザイナー、に限らず表現する人間がとるべき態度なのだから、デザイナーにとってのノベルジャムは「本」を介して存分に実験できる遊び場と言える。
そんな本気の遊びを通して見知らぬ誰かに「すっげえ面白い小説」を届け、世界の隅をほんの少しでも明るくしたら、それこそデザイナーの本懐ではないですかね、やりがい搾取っぽいね。でもホントにそうなんすよ!

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ちなみにぼくがノベルジャムで得たもの一覧
・デザインコンペの勝率が上がった
・友達がめっぽう増えた、人脈ができた
・それはデザインに限らず出版、演劇方面でも
・ノベルジャム以外でも書影を依頼されるようになった
・プレゼンが上手くなった
・デザインも上手くなった(この歳でまだ上手くなれる!)
・デザインイベントにパネラーで登壇した
・HON.jpの会員になってしまった(で運営になった)
・なぜか短歌を詠み始めた
・あろうことか歌集まで出した
・やりたかった演劇のフライヤーを作れた
(他にもたくさん)


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デザイン会社の中間管理職