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昭和の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

●ノベルジャム2018参加記録 8 [2日目 午後]

「ひつじときいろい消しゴム」のデザイン制作は昼食を挟んで集中して行い、概ね完パケ近くまで持っていけたが、一方の森山さん作品の表紙制作に本格的に入ったのは、午後もそこそこ回った頃だった。
とはいえ焦ってはいない。こちらは完成までのプロセスが既に見えているので、手探り感のあった「ひつじ」に目処がついていることもあり、むしろ余裕を持って制作に臨めるはずだった、のだが、肝心のタイトルがまだ決まっていなかった。(ちなみに本稿のタイトルは村上春樹を苦手とする森山さんへの嫌がらせではありません)

とはいえ手を止める訳にもいかないので「その話いつまでしてんだよ」の仮タイトルのままレイアウトを組み始める。
全体を括るフレームをまずは作る。額縁の素材からチョイスし画面に配置するのだが、問題は厚み部分。僅かの差で画面全体の印象が結構変わる。フレームが太いとパッと見で小さくまとまって見え、逆に細いと、面は大きくなるが華奢になる。この骨太な物語で「華奢に見える」というのはマイナスなので、適切な厚みを探る。

額縁につける黒いリボンも手持ちの素材集を使い、黒色にして配置する。ここで画面全体が山型のシンメトリーになるのだが、この「山型シンメトリー」については、実は視線を集中させる効果がある。
以前、消費者の視線予測実験として自動販売機の缶コーヒーの、どのデザインに視線が集まりやすいか検証したことがある。商品パッケージは美術館に置かれる作品ではない。左右に居並ぶ競合の中から選ばれなければならない。特に同カテゴリ内で差別化が難しい場合、常に選択にさらされる環境下でいかに視線を捕らえるかはデザイン上のポイントであり、インストアマーケティングにおける起点の一つとして大事な課題なのだ。

その実験の中で安定してスコアを出したのが、ジョージアのエメラルドマウンテンだった。この山型シンメトリーの頂点は明らかに視線が集りやすく、有意に差があると言えた。食品カテゴリでは赤系の色がマグネットになるケースが多いのだが、エメマンの場合、青というハンデを押しての事なので、レイアウトに依るところが大きいと思われる。これを応用した。(※)

見ての通り黒いフレームの内側、リボンの部分が山型の頂点を形作っている。そこに一旦視線を集め、直下のタイトルに誘導し、さらにフッター部分から先に視線を逃さないためにビビッドな帯で止めを作る、という構造になっている。
視線を集めるポイントをまず作り、そこを起点にメイン情報へと視線誘導する手法は、キャンペーンビジュアルやマーチャンダイザーの設計、勿論広告などでも使うが、書籍でやってみたのははじめてだ(というか書籍のデザインがはじめてなので)。ただこれはリアルな媒体でのことで、電子書籍の売り場における誘導はまた違うルートがあるかもしれない。このジャンルには知見がないので、これから学びを深めていきたい。

そうしてタイトルはまだ決まらない。
森山さんの筆は必ずしも早い方ではない(ように見える)が、特殊な環境下にあってもペースを守って仕事を進めているようだ。
隣で米田さんがやきもきしているのが伝わってくる。進捗状況を森山さんに問うても、一つ一つのディティールを全体とすり合わせながら進めているので考えてやっています(要約)、と、結構な厳しさで応えていたので、自信を持って臨んでいるのはわかる。でタイトルなんだが。
午後の時計が進み、作業が佳境に入ってもまだタイトルは決まらない。内容や訴えたいテーマがぶれているのではない。この内容に今の仮タイトルが相応しいのか、逡巡しているのだと思う。

森山さんはよく歩く。ふっといなくなっては散歩に歩き回り、食事の後も遠回りして仕事場に戻るなど、一人で体を動かすことで思考を回しているのだと思う。僕も仕事に詰まると会社の周りを歩き回って考えをまとめるのを癖にしているので、とてもよくわかる。発想の飛躍に至る鍵は、夜明け前か、散歩の途中に不意に訪れるのだ。
タイトルにしても、ギリギリ最後まで粘っても追いつけるようデザインはスタンバイしている。そのために先に仕上がりを迎えていた「ひつじときいろい消しゴム」の精度を上げる作業を並行して行い、どのタイミングで止めても完成と呼べるレベルまで持っていく。

午後からこっち、仕事場は静かになった。打鍵の音と、ささやくような打ち合わせの声のざわめきが支配し、うっすらと早春の到来を感じさせる日差しの中、まどろむような空気が仕事場を支配している。ように見えるのも、あれは全員が高いレベルでテンションを保った、例えるなら過冷却水のような極めて微妙なバランスでの安定だったのだと思う。

森山さんは散歩に行き、僕はコーヒーを飲む。デザインをちょっと修正しては飲み、米田さんとチェック稿の読み合わせをしては飲み、チョコレートを口に入れては飲んだ。今回2キログラムのコーヒー豆を消費し、都合200杯のコーヒーを淹れたのだとの後に聞いた。全員が全員、カフェインホリックではないだろうから、僕が200杯の中の結構な割合を消費したと思う。運営の方には本当に頭が上がらない。

静かな熱を帯びた執筆は続いている。モノを作っていると、その内容やテンションがそのまま自分の立ち振る舞いに反映されることがあるが、あるいは森山さんもそうであったのだろうか。いま森山さんの書いている小説は、昭和が終わり、やりたいことを理不尽に奪われた演劇人の、喪に服すという衣の中に声にならない自分への苛立ちを内包している話だ。
それが、実際に声になっていたのかもしれない。森山さんの米田さんへの当たりが、ちょっと強いようにも感じられた。

メジャーレーベルで著作を連発したSF作家といえど、編集としての経験は、米田さんはあまり多くないと聞く。一方の森山さんは劇団を主宰するなど、一人の責任で走れる演劇人だ。
米田さんは編集として何とか森山さんの力になろうとするが、集中力の高い森山さんに跳ね返されることもしばしばで、どうも二人はうまく噛み合っていないように見える。この辺りの猛烈にもどかしい距離感は米田さんの参戦記に詳しいので、米田さん目線での事情を是非お読みください。Cチームのムック本、「After Jam+C」で読めます。自身の著作を持たない舞台作家と、少ない編集経験でその舞台作家の初著作の編集に挑むSF作家、そのもどかしすぎる距離感は、そのままでドラマです。(以上宣伝)

さて未だタイトルは仮ではあるが、脅迫状レイアウトを組んでいく。実際に切り貼ったわけでなくテクスチャにテキストをはめ込んだCG合成なので、それらしい色合いになるよう注意して組んでいく。切り貼り文字の元になったのは、どんな誌面のどんな記事なのか、想像しながら配置していく作業は結構楽しい。

その配色だが、タイトルの「その話」はマクラなので、「いつまでしてんだよ」の「い」のアタックを強めにした。これは多くのTV番組のネーミングからの着想で、たとえば「8時だヨ全員集合」は「8時だヨ」がマクラで、全員集合の「ぜ」が最初のアクセントである。「笑っていいとも」も「欽ちゃんのドーンとやってみよう」もそうだ。というか喩えがいちいち昭和ですみません。

で、そろそろタイトルは決まったかな?

(9に続きます)

※エメラルドマウンテンの商標と意匠はコカコーラ社のものです。評論目的の引用ですが権利上問題があるようでしたらご指摘ください。削除等の対応をいたします。
※その後エメマンのパッケージはシンメトリー構造から山型のセンターをずらしたアシンメトリーデザインに変更された。エメマンが強力なブランドとして広く認知を獲得したからできた挑発的なデザインで、ブランド自体のローンチ時であったら非対称は選択されなかったと思う。


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デザイン会社の中間管理職

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