見出し画像

女性優位の職場で「お局様」がのさばるのは管理職がだらしないからだ⑪

 ここまで、私が遭遇したお局様とのバトルとその顛末を記してきましたが、ある読者から、
「もしかしたら先生は、ブラックな環境に知らず知らずのうちに身を投じてしまう性格なのでは?」
 というご指摘を受けました。半分は当たりで、長いものに巻かれるを良しとしない私の性格に原因があったとは思います。悪く言うなら協調性と申しますか女性とのコミュニケーションが苦手というか……
 しかし、あと半分は歯科業界に特有のなにかがあったと思います。院長が男性であっても、女性が優位な閉鎖的な職場ではスタッフの間に権力構造が築かれやすいのかもしれませんが、勤務するクリニックそれぞれに必ずと言ってよいほどお局様が存在するかもしれない──三人のお局様と対峙した私は、そう思うようになっておりました。
 前回の戦いはこちら⇓

 この記事に初めて接する方は、冒頭からお読みいただければ幸甚です。⇓

女のヒモ生活

 結婚と同時に寿退職(笑)したわけですが、家内を職場にクルマで送ったあと、家賃5万円のアパートでやることと言えば、夕刻に迎えにいくまでの膨大な時間をファミコン版RPG(ファイナルファンタジーⅢ)での冒険に費すことでした。
 わたしはゲーマーではないと自認していますが、当時はまだネット環境はおろかケータイも存在しない世の中。コンビニもそう多くはない時代ですから雑誌もなかなか手に入らず、ゲームの他にやることがなかったのもまた事実。こんな時くらい専門書を読んだり、医局に見学にいけば良かったと思うのですが、そんなことは一切せず、ただ歯科医師という職業から解き放たれた開放感にどっぷり浸っている状態でした。それほど歯科勤務医という仕事は過酷だったと思います。しかし、社会保険が完備されている診療所は稀でしたから失業保険に生活を委ねることは叶わない。いつまでも家内の“ヒモ”でいられるはずもありませんでした。
 ファイナルファンタジーの魔王を倒したちょうどその頃、前の勤務先に出入りしていた材料商からいくつか就職の斡旋がありました。うち、自費メインだが薄給の有名診療所と、老齢の院長の代診にはまったく食指が動きませんでした。前者は「技術を教えてやるのだから薄給は当たり前」という丁稚奉公のようなスタンス。さすがに所帯を持った身の上としては厳しいものがあります。そして後者は──そこそこ高給ではありましたが、辞めてきたばかりの職場での苦い経験が心をよぎります。そして3番目に紹介されたのが、地方としては最大規模の陣容を誇るクリニックでした。

カルチャーショック

 面接に行くと、覇気に満ち溢れるオーラをまとった院長がにこやかに出迎えてくれました。年の頃は三十代前半。業者から、わたしが一人で診療所を切り盛りしていたことを耳にしていたらしく、即戦力になると受け取られたようでした。その場で就職が決まるかと思えましたが、私は
「あれができる、これができるといった誇るべき技術はありません。ただ、保険診療をこなしてきただけです」
 とありのまままを伝え、その場では返答を避けました。そんな謙虚さがウケたのか、給料を上乗せするから是非とも就職してほしい、そのような趣旨の電話をもらったのは一週間後のこと、ちょうどファイナルファンタジーの二週目が終わろうかというタイミングでした。

スタッフ全員との花火見物はよい思い出

 新しい勤務先は、歯科医師2、歯科衛生士4、歯科助手2、受付1という地方の衛星都市としては最大規模と言える陣容でした。
 そして迎えた出勤初日、とにかく驚きと感動の連続でした。
 例えば根治の患者が通されたとします。わたしが治療椅子に座るより先に、ラバーダムが装着された患歯は仮封が取り除かれ、根管長測定器がスタンバっている。そして綿栓貼薬が済めば、さっさと席を空けろ言わんばかりに衛生士のお尻に押し退けられて次の患者へ──
 最初に勤務した医療法人も規模では同等でしたが、スタッフの練度では雲泥の差がありました。最初の勤務先で働いていた衛生士が任されていたのは、もっぱらバキューム持ち、印象採得の他はスケーリングとTBIくらいのもの。ありていに言えば、口腔内に触れることを許された歯科助手といったレベル。それにひきかえ今、わたしの目の前でせ生き生きと働いている彼女らは、歯科衛生士としての次元が違いました。そしてなにより、とにかく楽だったのは間違いありません。なにせそれまでは、レントゲンのポジショニング、セメントアウト、印象採得さえ時にはやっていたのですから。

アイフォーンが中国製なのは言うまでもない

 近年、経済がシュリンクした日本に於いては効率化が盛んに叫ばれておりますが、これには2つの方向性があると考えております。
 ひとつは、マンパワーを極力減らして人件費を浮かせる、その代わりに個々の人員はワンオペが可能なパフォーマンスを身につける経営効率からの方向性。
 これとは逆に、個々の手技を単純化、多くのスタッフで仕事を分担化してより多くの患者をさばく生産効率からの方向性のふたつがあると思います。
 前者のワンオペの例を挙げますと、かつて中華スマホの安さ、イノベーションサイクルに追いつかなくなったサンヨー電気(現・パナソニック)が、基盤の組み立てから完成までを、たったひとりの作業員でこなすマイスター制度で乗り切ろうとしたことがあります。たしかに生産ラインを作り替えることなく、新しい機種生産に対応できるし、人件費も少なくて済む──当時は経済番組で画期的だと称賛されましたが結果はどうでしょう。国内のスマホメーカで生き残っているのはソニーくらい。シャープはブランド名では存在しますが、台湾の鴻海の傘下です。やはり資本力には勝てません。日本は少子化に加え経済がアレなのですから、今後の歯科業界はマイスター制度(ワンオペ)で生き残るしかない?
 話は逸れましたが、やはり人手があるに越したことはない。それも十分に満足のいく給与でスタッフを雇い、しかも業務はキツくない──令和の世では考えられないことですが、当時は医療行政の締めつけも甘々で保険診療オンリーのド田舎でも、それが可能だったのです。

ストロベリータイム

 忙しい診療所でした。
 たこ焼き診療と揶揄されようが、流れ作業的に押し寄せる大量の患者をこなすのが第一命題です。幸か不幸か、今まで過酷な職場で鍛えられていた私は、それまでの勤務医よりはスピード(いい加減さとも言う)があったらしく、スタッフたちには概ね好感をもって受け入れられました。彼女らにとっても就業時間の延長は悪なのですから、わたしは突然降臨し、あっと言う間に患者を平らげてしまう救世主みたいなもの──それは言い過ぎとしても、彼女らにとっても大切な同僚ではあったはずです。
 スタッフは全員が独身でしたが、わたしには既婚者という安心感(安全感)があったのかもしれません。休憩時間には雑談に花が咲き、時には院長への不満を打ち明けられたり、院長抜きでキャンプに行ったり花火見物にでかけたりと。

 ああ、同僚ってのはいいもんだな……。歯科医師になってはじめて、働くことの喜びと、スタッフへの友愛を感じていました。
 水面下ではスタッフ同士のいざこざは存在しましたが、その刃の矛先はわたしに向けられることはなく、むしろ仲裁する側に回っておりました。本来ならば院長がやるべきことなのに。
 まさに勤務医時代に初めて訪れたストロベリータイムでした。このまま勤務医で終えるのも悪くない、そう思い始めていた矢先、わたしに悪魔(院長)が甘い言葉を囁きます。

欲望の赴くままに

天使の誘惑が、結果的に悪魔の囁きに

「ゆくゆくは先生を共同経営者にしようと思っているよ」
 おもむろにそう切り出した院長は、三か所目となる分院立ち上げ計画を披瀝しました。そこの分院長に、わたしを据えようということ。
 とある中規模病院が経営難に陥っている。そこにテコ入れした医療ブローカーが、院長に病院歯科を開設しないか?と持ちかけたのです。目的は医療法人の乗っ取り。院長を法人の理事として送り込み、ゆくゆくは理事長を追い払ってしまおうということでした。
 わたしも若かった。子供が生まれ、いつまでもアパート暮らしもどうかというタイミング。男と生まれたからには、でっかいことやってやろうじゃんか! なんて気が大きくなってもおりました。
 院長は医療人というよりは経営に長けたタイプ。現在は不動産を運用してFIRE(経済的自立、早期リタイヤ)を達成したぐらいですから、その手腕に懸けてみようと思ったのです。
 しかし、これが地獄の一丁目となるとも知らず陽気に杯を交わすわたしは、やがて院長のしたたかさを思い知ることになります。彼は新しく開設予定の分院には、お目付役として本院の中堅歯科衛生士を送り込んでくることを画策していました。彼女こそが最後のお局様でした。
つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?