【オススメ本】平田オリザ『但馬日記』岩波書店、2023
男もすなる日記というものを…の「土佐日記」の現代版と言えば、やや表現が大袈裟かもしれないが、「人の日記は手を加えれば作品になる」ということがよく分かる一冊であった。
作書は劇作家、演出家の平田オリザさん。
東京都生まれ東京育ちなのに、ひょんなご縁で隣町・豊岡に移住し、3年前にできた芸術文化観光専門職大学学長に就かれている。
平田さんと言えば、劇団「青年団」を結成し、戯曲と演出を担当するほかこまばアゴラ劇場の経営者、日本各地の学校におけるコミュニケーション教育でも有名。しかし、その舞台が東京から但馬は豊岡に移った。本書はその前後に当たる2019年〜2022年までの日記が収録されている。
目次は以下の通り。
第1章 移住まで――コウノトリの郷へ
第2章 見えない敵と戦う――コロナ禍のはじまり
第3章 幕が上がる――豊岡演劇祭開幕
第4章 大学を開く――芸術文化観光専門職大学創設
第5章 演劇の町なんかいらない――豊岡市長選挙
第6章 挑戦は続く――明けない夜はない
終章 希望の風――この一年
ここから分かるように大きな柱は、①演劇人としてコロナ禍とどう戦い、豊岡にどう演劇文化を仕掛けたか、②0から1の専門職大学をどう作ったか、③最大の味方であった市長が交代し、敵視された新市長とどう新しいまちづくりのために折り合いをつけたか、の3本で構成される。すなわち、この本は文化政策論であり、大学政策論であり、まちづくり論として読めるのが特徴である。
平田さんは業界でも著名人なので、インタビューや講演などで断片的にはその考え方に触れることはできる。しかし、インタビューや講演で舞台裏を語ることはそう多くないだろう。本書では随所にいろいろなトラブルが起きた際の心境も吐露される。これが日記という手段(ツール)の最大の魅力であろう。人間である以上365日24時間ポジティブな人間などいないのだから。
その中でもとりわけ私の職業的に一番面白かったのは、次の3点。
1つは豊岡市で取り組むディスカッションドラマ(討論劇)の問題がそのまま収録されていること。
2つは専門職大学の入学式の式辞が収録されていること。3つは55歳の時に生まれたお子さんとの仲睦まじいやりとりが随所に出てくることである。1つ目についてはについては日本でも唯一無二の採用方法だと思う。その全容が知れたのは勉強になったからである。2つ目にについてはおそらく大学のHPなどでも公開されているのかも知れないが、なかなか他大学の学長の式辞などを見る機会はないので、所属大学と比較するという意味で大変面白かったからである。
3つ目については、お子さんがうちの下の娘とおそらく同級生に当たるため、親の年は違うが、同じ父親目線で共感する部分が多かったからである。
最後に私が印象に残った言説だけ引用しておきたい。続きが気になる方はぜひ本書を直接お読みいただきたい。
・「シンパシー」が「同情」といった自然に湧き出てくる感情であるのに対して、「エンパシー」は異なる他者を理解するための行為、態度あるいは手段である(p.75)
・舞台芸術と観光を学ぶ大学というコンセプトが、まさに待たれていたという証左だろう。私はこれを「意外と大きな隙間」と呼んできた(p.112)。
・真の新しさと目新しさは異なる(p.204)。
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