間の取り方
東京に行っている間に絶対行きたかったカフェ。
本の読める店 fuzkue(フズクエ)。
念願叶い、行くことができた。
もともと岡山でカフェをされていた方が
東京に出てきて始められたお店。
「本が読める」とはいかなるものか。
「私語厳禁」など、何かと言葉数の多い店でもあり
体験したいと思っていた。
*
前回書いた通り、東京は地方と比べて人や物、情報が圧倒的に多く
それらが忙しなく動いている場所だと感じる。
fuzkueで過ごす時間の中で、
東京にはその忙しなさの結果「間」が不足しているのだと思った。
fuzkueは、初台にある小さなお店だ。
小さなお店の中にカウンター席とソファ席が数席だけあり
それぞれ基本1人がけになっている。
席に着くとまず感じるのは、席と席のスパンの広さ。
隣の人が視界に入らない程広い。
岡山にいても、ここまで他のお客を意識せず
過ごすことができるお店は無いだろう。
その他にも、料金制度や対応の仕方など
繊細な気遣いが積み重なって
「本が読める」という1つの目的のために
ベストな、おおらかな空間ができていた。
(詳しい気遣いやルールはぜひブログを読んでみてほしい)
(美味しく健康的な日替わりご飯は、落ち着く味です!)
本を読んだり、書き物をしたり、ぼーっと考え事をしたりする中で
(気づけば4時間も過ごしていた)
なんとなく、懐かしい感覚を得た。
これはなんだろう、と感覚を辿ると
岡山の宇野港で、瀬戸内海を眺めながら、考え事をしている
時の感覚に近いことに気づいた。
東京23区内にある、ビルの一角のカフェで
まさか、岡山の景色に出会うとは。
そこには、地方の暮らしで感じる「間」があった。
*
広告のデザインなどを見ていると
ここ数年、「ゆるい」デザインが流行っている。
スペースを贅沢に使ったり
手書き文字やヘタうまなイラストを使ったり。
岡山で仕事をしているうちは
そういうのが流行っているなーくらいにしか感じていなかったけど
東京で過ごしてみると、連続する情報の中で
1つの1つの広告に込められた情報量くらいは少なくあってほしい。
「間」がほしい。
という、人の想いが聞こえるような気がした。
ゆるく間が取られた中に、凝縮したものがあったり
ギュッと情報が詰められた中に、ぽっかりと間が開いたりしていると
それが目立ち、人の意識を集めるという効果もある。
都会の間の取り方と、地方の間の取り方。
それらを意識的に交差させていくことで
それぞれの需要を満たすこともできそうだ。
*
今朝、岡山に帰って来た。
東京にいた間に練った作戦やできた繋がりもある。
これから実際に活動を始めていこう。
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