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【読書記録】冬のスフィンクス/砂漠の薔薇(飛鳥部勝則)

お察しの通り、「ラミア虐殺」を読んで以来飛鳥部勝則にどハマリしています。「ラミア虐殺」「黒と愛」そして「鏡陥穽」を読み、この6月に発売されたばかりの「異形コレクション 秘密」を買って(書き下ろし!?書き下ろし!!)、「冬のスフィンクス」「砂漠の薔薇」まで読み終わったところです。

正直なところを言えば、この方についてはラミア虐殺を読むまで存じ上げませんでた。2021年夏時点で、著作がほとんど絶版の上に中古価格が高騰しており、電子書籍化もほとんどしていない(現在3冊電子化されています)という状況です。このあたりの事情はWikipediaを漁って察するとして、復刊は難しくても問題のない作品は電子化してほしいな、と思っています。(そういう状況の中の書き下ろし、嬉しいですね)

この作家と再開できる日を心待ちにしておられた読者も多いはずである。
(異形コレクション 秘密より。※誤字もママ)

なにはなくとも「黒と愛」を読み終わったときの興奮のままに書いた感想が上記です。同じような興奮を「砂漠の薔薇」の読後に感じており、何をどう書けばいい化がわからないままに筆を走らせています。

ネタバレを含まずに興奮を記せる自信がありませんので、以降の文章については「冬のスフィンクス」および「砂漠の薔薇」のネタバレが含まれてもいいよ、という方のみお読みください。

とにかく、

私が言いたいことは、

「砂漠の薔薇」さあ……………
ド級の百合マゾヒズム幻想ミステリ小説なんだが!?!?!!?!?!?
何だこの「美味しい食べ物を全部載せたら美味いに決まってる」理論の権化ことチーズカツカレー理論みたいな作品は!?!?!?!!?!?!?!

■冬のスフィンクス

表紙絵が山本タカトな時点で「勝ち」じゃないですか、もう。

 楯経介には不思議な能力があった。眠りに就く前に絵を見ると、夢でその世界に入り込めるのだ。彫刻家、洲ノ木正吾の作品世界に彷徨いこんだ楯を待っていたのは、奇怪な連続殺人事件だった! 猟銃で頭を撃たれた高名な画家、「開かずの間」に転がる首無し死体……。
 すべては夢なのか、それとも夢のような現実? 読者を迷宮世界に誘う幻想ミステリーの傑作!
(Amazonより)

幻想ミステリって、言葉としてかなり矛盾していますよね。ファンタジーミステリは結構流行っていると思うのですが(特殊設定ミステリとも言う)、幻想ミステリと言うとまた別です。
幻想文学みのある、現実と幻想の垣根がぐちゃぐちゃになる中で起きる「THE推理小説」のようなシチュエーションが王道幻想ミステリな気がします。こう書きながら思い出したのは、まさに竹本健治の「匣の中の失楽」です。
「匣の中の失楽」は、作中作の話です。登場人物たちが物語の中でその登場人物たちが登場する実名推理小説を書くのです。そして、1章を読み終えると、2章では1章で登場人物が書いた小説が描かれます。が、3章には1章の続きだけど2章で登場人物が書いた小説が描かれ、4章は2章の続きだけど1章・3章で登場人物が書いた小説――エッ!?どっちが小説!?

「冬のスフィンクス」では、主人公の楯経介が見る夢の中で殺人事件が起きます。寝る前に絵を見ると、その絵の世界に入り込めることに気づいた楯。ある日の就寝前に見たのは、洲ノ木という作家のコラージュ作品、「冬のスフィンクス」。その夜に見たのは、とある高名な芸術家の館で起きた殺人事件の夢。そこは団城家という、友人の亜久の婚約者の家だった。
楯は団城家を訪れたこともなく、団城家の関係者にも会ったことがない。にも関わらず、夢の中の団城家はやけにリアルで、現実とも不可解な一致を見せる。そして、友人の亜久は現実の世界で失踪し、夢の中では連続殺人事件が起きていく。ライフルで撃たれた家主、そして開かずの間の首無し死体、続く事件――。

夢と現実の境目がわからなくなると言うよりも、夢と現実の関わりがわからなくなるような、そんな作品です。
冒頭で紹介される邯鄲の夢であったり、胡蝶のように、夢が現実になり現実が夢になる(ような気がする)というモチーフは多く存在します(ドラえもんのび太の夢幻三銃士が観たいのですが、いま配信から消えている…)。
それだけではなく、現実が夢に影響を与え、そして夢が現実に影響を与えるという相互作用が、本格ミステリ(?)というジャンルで行われているのが本作なのではないでしょうか。

あくまでも解決編はスマートに。
しかし、物語の結末は幻想小説。

「冬のスフィンクス」は章立ても面白く、
第一章 推理小説風の発端 フィリモア氏のように
第二章 探偵小説風の展開 スフィンクスのように
第三章 幻想小説風の結末 トロンプ・ルイユのように
と章立てられています。まさにこの通り、推理小説のように事件が起き、探偵小説のように「探偵」し、幻想小説のような余韻で終わる、他にない読後感の「長編本格推理」です。(だって表紙に長編本格推理って書いてあるもん!

■砂漠の薔薇

「冬のスフィンクス」のあとがきに、「砂漠の薔薇」が関連作品だという記載が会ったので、そのままこちらに進みました。

一部の登場人物(というか冬のスフィンクスというコラージュを作った州ノ木その人)が共通で登場し、「槍」という探偵役である看板屋の男までも登場します(冬のスフィンクスの楯も看板屋。楯と槍?なるほど)。物語的な連続性があるのかないのかはともかく、どうも2作品は関連しています。というか、先に冬のスフィンクスを読んでいたほうがかなり読みやすいです。

西洋風の荒れ果てた古い洋館の地下室には、首なし死体が転がっていた。そして今また、少女の首が…。奥本美奈はアルバイトをしていた喫茶店で、謎めいた女流画家・明石尚子に、モデルにならないかと強引に誘われる。明石の家に隣接する幽霊屋敷のような洋館“ヘル・ハウス”では、かつて美奈の同級生が惨殺される事件が起こっていた。明石と美奈は事件の深化と真相の究明に、いつしか巻き込まれていく…。自作のタブローを巧みに使用する独特の作風で、多くの注目を集める鬼才が誘う、終わらない悪夢にも似た迷宮世界。書下ろし長編推理小説。
(Amazonより)

物語がスタートした時点で、大きな事件はすでに起きています。主人公の美奈の友人である真利子の首無し死体が洋館の地下で発見され、同じ日には同級生の麻代が失踪。
そんな背景のある中、美奈は麻代のアルバイトしていた美術館に併設されている喫茶店でアルバイトをしており、そこで女流画家の明石尚子と知り合います。

「砂漠の薔薇」は、読み終わって考えてみると、どちらかといえば王道なミステリな気がします。

ーここから非常にネタバレがありますー

だというのに、幻想小説風と言うか……ふわふわした読書感、読後感がすごいのです。登場人物たちの少しヘンテコさ(平成後期の空っぽな女子高生像?)や、女流画家・明石尚子をはじめとするキャラクターたちからの芸術譚、と思えば突然に起きるグロテスクなまでのリアルな暴力という、なんだかバラバラなはずの要素が主人公の美奈を通じ1つの作品になる不思議さ――だけれはなく、いわゆる「信頼できない語り手」モノというか、探偵役が確定しない不安定さ・探偵役の信頼できなさがその一端であるような気がします。

しかしですね、私が一番言いたいことは、ド級の百合マゾヒズム幻想ミステリ小説だ、ということです。

「砂漠の薔薇」は前述の通り、「冬のスフィンクス」とかなり関連があります。その1つが首切り/首無し死体が登場することです。「砂漠の薔薇」では、美奈の友人である美しい少女、真利子の首無し死体が作品の重要な謎の1つになります。

この、真利子という少女が激ヤバいのです。

彼女は、通学中の満員バスの中でなぜか美奈に密着しつづけ、その密着っぷりは美奈が「痴漢か?」と怪訝に思うほど。仲良くなったあとも、真利子は現在のリアルな少女では珍しい「〜わよ」「〜よ」というような女言葉を遣うのです。そんなお上品な言葉遣いの真面目少女かと思いきや、不良のたまり場で同級生の女の子相手にビールを延々と飲ませるという、水責めに似た行為(本文中で水責めといっているので、責めなのだ)を行ったりもします。なんだこの女。

彼女には大きな秘密があり、「人を殺したことがある」と言います。その贖罪のため、真利子は罰を受けることを望んでいます。
自らの体に罰を。それは暴力であり、痛みであり、死でさえあるけれど、決して自殺はしない。罰は与えられるものだから。
美しい少女の自罰傾向。女子高生という年頃ならば、周囲にいるのも多くは同級生です。少女たちの中で行われる暴力は、自罰を求めるが故に更に激しくなっていく。それは別の少女の性質をひん曲げてしまうほど。

なんとなく、「砂漠の薔薇」を読み終わったあとに思ったのが
これは女に見い出される女の話だな、
というものでした。

美奈が、明石尚子に声をかけられ絵のモデルを始めたこと。美奈が真利子に気に入られたこと。尚子も真利子もそれぞれに美奈のことがどこをどう読んでも「好き」なのです。
百合という言葉をわかりやすいので簡易的に使っていますが、性欲を伴わない(広義の性欲ならありそうだけど)想いというか、恋心(広義)というか。明石さんは「親子愛と言うか、恋人と言うか」みたいな言い方をしたりしています。
ヤベー女に愛されてしまった、ヤベー話。

美奈という主人公のことが、わからなそうで、わかりづらくて、そして最後に一気に「わからせられて」しまう。

いやもう、面白いよこんなの。面白いに決まってるじゃないか!!

「でも私はあなたが嫌いなんだよ、真利子」
 真利子は動きを止めた。微動だにしない。
「もうあなたにかまってはいられない。真利子のお守りなんてこりごりだよ。わたしにこんなことまでさせて。さよなら、真利子」
 美奈は無言の少女をそのままにして、出口に向かい、階段に差し掛かると振り向いた。真利子は疲れた女王のように椅子に腰掛けている。暗くてよくわからなかったが、少し傾げた顔が寂しげに微笑んでいるように見えた。
 美奈は自嘲するようにこういった。
「救急車、呼ぼうか?」
(砂漠の薔薇 より)

どうして。

■おわり

「冬のスフィンクス」「砂漠の薔薇」ともに、絵画や芸術作品が随所にちりばめられ、それらのエピソードなどが多く語られながら物語が進みます。
衒学的とまではいかないけれど、こうした描かれ方をするミステリは、私が青春時代に読んできた新本格の台頭から少し経った頃の作品に多くあった気がします。確かな現実のエピソードがあるからこそ、物語の迷宮めいた幻想みが深まるのだな、と思うのです。

この2作品はいずれも電子書籍化されているので、手に入りやすいのもよいです。

とても良かったので、ぜひ2作品合わせていろんな人に読んでほしい気がしますが、かなり読者を選ぶ気もします。私みたいな人は読みましょう、読んだほうがいいです。

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